C大阪・前統括部長が明かす「香川が成功した理由」

2014年01月25日 16時00分

梶野氏は自らの心境をホワイトボードに記した

「世界に通用するセレッソ大阪の『育て勝つ』流儀」(ワニブックス刊)の著者で、昨季までC大阪チーム統括部長を務めた梶野智氏(48)が本紙インタビューに応じた。独自の育成スタイルを確立し、欧州からも注目されるようになったセレッソ躍進の秘密を2回にわたって大公開。前編では、日本代表FW香川真司(24=マンチェスター・ユナイテッド)が世界で成功した真相を明かした。

 

 ――C大阪が育成を重視するようになったきっかけは

 

 梶野氏:J1で優勝争いした翌年に、J2に降格したことが2回もあった。これは異常なこと。そこで2007年にチーム統括部長になった際、なぜこういうことが起こるのかと考え「クラブにフィロソフィー(哲学)がない」と思った。それで組織を見直した。監督を人選し練習法も変えた。

 

 ――具体的に、どんなことに取り組んだのか

 

 梶野:関西にはG大阪や神戸がある。みんな同じならば、どのクラブを見てもいいなか「C大阪」は独自のものを見せたかった。サッカーの魅力は攻撃なので、より攻撃的なスタイルを目指した。そのためにはいい選手が必要。そこで世界で活躍できるような選手を育成していこうと取り組んだ。

 

 ――なるほど

 

 梶野:ただ、プロ選手として何を目指してやるのかは大事なところ。サポーターはお金を払って試合を見に来るので、選手も見合う価値を見せないといけない。そのために「勝者のメンタリティー」、常に勝利を求めて努力する、こうした方針を掲げた。目指すべきものがあれば、そこへ向かっていける。このタイミングで真司が世界に飛び出して活躍してくれたのも良かった。

 

 ――その香川の獲得も担当した

 

 梶野:私だけでなく小菊(昭雄=38)というスカウトと真司を見に行った。守備的MFで出場した試合で、バックパスをするしかないような場面でも、相手の逆をとって前につなげていた。何より判断力がいい。これは教えられるものではなく個々の感性。どのポジションでもできると思い、すぐに獲得に動いた。

 

 ――香川も初年度は試合に出られなかった

 

 梶野:当時はBチームのサブだった。現場サイドは「まだ若いので時間をかけて育てよう」と思っていたようだ。だが(レビー)クルピ監督(60)が来て状況は変わった。監督は年齢は関係ないという考え。真司の実力を見抜き、すぐに起用するようになった。そこからトントン拍子に進んだ。

 


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