【森保ジャパン】恩師が明かす新エース候補・中島翔哉というお化けの怖さ

2019年03月21日 11時00分

誰が相手でも本来のプレーでいるのが中島の持ち味だ

 新エース候補の秘密とは――。サッカー日本代表に復帰したMF中島翔哉(24=アルドハイル)が国際親善試合のコロンビア戦(22日、横浜)、同ボリビア戦(26日、神戸)に臨む。若手“三羽ガラス”の一角はさらなる活躍を誓うが、その恩師にあたるJ1FC東京の安間貴義コーチ(49)が本紙インタビューに応じ、愛弟子の意外な素顔や、DF長友佑都(32=ガラタサライ)が命名した代名詞“お化けドリブル”の裏話を明かした。

 ――中島のドリブルをどう強化したのか

 安間氏:(2014年にレンタル移籍で、安間氏が指揮していた)富山に来たとき、パスばかり意識して本来のドリブルを忘れていた。そこを思い出させるところからやった。「文句を言われてもいいからドリブルしろ! 世界に行きたいなら必要になる」と。全体練習が終わってから(一人で)練習したりね。FC東京でも試合中にお客さんがいる中で、アップで1対1をやらされたね。

 ――他の選手のドリブルと何が違うのか

 安間氏:あいつのは“感覚”なんだ。来たものを外す。日本代表でターンしながらライン際でかわすプレーがあったが、ああいうふうに来たものの逆を取る。カットインとか自分の形があると言われるが、来た相手に対して縦にいったほうがいいのか、中にいったほうがいいのか。その状況によって、見て決めている。

 ――そういうドリブルができる選手は少ない

 安間氏:(フランス代表FWキリアン)エムバペ(20=パリ・サンジェルマン)も無意識でドリブルする。(ロシアW杯の)アルゼンチン戦でPKを取った場面では「最後の一枚しか見えなかった」と言っていたが、まさにその感覚。翔哉も同じように「あんまり考えていない」と。つまり見えたものをかわしていく、重心が変わったところを逆を取りにいく。

 ――メンタル面の強さもある

 安間氏:相手が超ビッグネームでも臆することなくやれる。(18年10月の日本代表の)ウルグアイ戦で(DFディエゴ)ゴディン(33=アトレチコ・マドリード)とか(FWエディンソン)カバーニ(32=パリSG)とか“すごいな”と言ったら「誰が誰だか分からないっす」と言ってきて(笑い)。あいつは誰と試合をやってるか分かっていない(笑い)。日本人は研究し過ぎて不安になって押し潰される選手が多いが、あいつは全く関係なく挑んでいく。例えば、ストロングポイントがある選手も“これをやらなきゃ試合に出られない”と(スタイルを)変えちゃう選手もいるけど、彼はJリーグで試合に出るより世界に出ることを常に考えていた。

 ――FC東京では出場機会がない時期も

 安間氏:海外を見据えていて「必要なら使ってくれ」という感じ。紅白戦で(Bチームに入って)対戦相手に合ったやり方でやれと言われて(自分のプレーが)できないなら(試合登録メンバーを)外れて、2対2(の練習)をやりたいと。翔哉は練習できる場所、ドリブルできる場所を選ばない。相手に合わせた戦術で駒になるなら、それより先につながることをやりたい。そこはブレなかった。そうして良くなってくると、試合でも使われるようになった。

 ――17年8月にポルティモネンセ(ポルトガル)に移籍して、すぐに結果を出した

 安間氏:ドリブルが成功するようになった。ドリブルは無酸素運動ですごく体力を使うから、以前は疲れでミスも多かった。でもドリブルをやり続けることでゲーム体力がついてきて、今は続くようになった。

 ――18年には日本代表に初選出され、進化を見せている

 安間氏:最近は自分が(ドリブルで)行く前のワンツーも出せるようになったし、パスミスも減った。(上達したのは)海外に行ってからかな。プレーの選択をしっかりできるようになった。スルーパスとかうまくなった。裏に出すパスが通るようになった。

 ――あえて課題を探すなら

 安間氏:これからは翔哉を止めるために相手もどんどん対策をしてくる。それをこじ開けるためのさらなる技術とアイデアだよ。ゴールにこだわりながら、そこの幅を増やしてほしいね。前向きさでまた伸びていくと思う。

☆あんま・たかよし=1969年5月23日生まれ。静岡・浜松市出身。2001年にJFLの本田技研で選手を引退後、指導者に転身。08年に甲府監督に就任した。10年9月にはコーチから富山の監督に昇格。15年からFC東京のコーチとしてJ3参戦のU―23チームも指揮した。現在はトップチームのコーチ。