“流浪のストライカー”大久保嘉人の決意

2019年02月20日 11時00分

大記録に挑む大久保が本紙に激白した

“流浪のストライカー”が前人未到の大記録に挑む。J1磐田の元日本代表FW大久保嘉人(36)が本紙の直撃に、22日に開幕する2019年シーズンに臨む胸中を語った。13年から3年連続J1得点王となった点取り屋だが、昨季は磐田でわずか3得点と低迷。今季は史上初となるJ1通算200ゴール達成に向けて巻き返しを誓うとともに、元日本代表で10番を背負ったMF中村俊輔(40=磐田)、MF香川真司(29=ベシクタシュ)との熱い信頼関係も明かした。 

 ――昨年は2季ぶりに復帰した川崎から6月に移籍した

 大久保:自分にとっては特に何も思ってない。より試合に出られるチームに移籍することは普通のことだから。

 ――J1開幕を控えてここまでの調整過程は

 大久保:個人としては体は動けているし、いい感じできている。チームとしてもうまく調整できているので何も心配はしていない。ミスを恐れてチャレンジしないのではなく、多少難しいなと思ってもゴールに直結するような縦パスを出すとか積極的な姿勢も出てきている。開幕が楽しみな気持ちでいっぱいだね。

 ――オフはリフレッシュできたか

 大久保:旅行や仕事でいろいろな所に行ったり(取材や収録で)スケジュールが埋まっていたり、けっこう忙しかった。かえってシーズンが始まってからの方が時間があるくらいだけど、いいリフレッシュになったね。

 ――昨季は16位。J1参入プレーオフ決定戦でJ2東京Vに勝利し、ぎりぎりの残留だった

 大久保:去年はああなったけど、その前のシーズン(2017年)は6位。そのくらいの力はある。ケガ人も多かったし、うちだけじゃなくて、どこのチームでも歯車が狂えばあのようなことになる可能性はある。

 ――史上初のJ1通算200ゴールも射程圏だ(現在184得点)

 大久保:今の自分にとってそこが目標だし、大きなモチベーション。今季中に達成したい。これからいつまで現役を続けられるか、わからないし、続けたとしてもどのカテゴリーでプレーするかわからない。できるだけ早めに決めたい。

 ――チームメートの理解も進んで、より得点アップが期待できる

 大久保:去年もいろいろ言ってきたけど、まだよくなる余地はいっぱいある。キャンプ中も(自分の要求を)伝えてきたし、試合をしながらよくなってくる。

 ――万全ならMF中村俊輔からのアシストも増えそうだ

 大久保:間違いない(笑い)。俊さんの存在は本当に助けになっている。よく話すんだけど、サッカーに対する考え方とか価値観は合っているから、ピッチ内のいい関係にもつながっているよ。

 ――日本代表でもチームメートだった

 大久保:そのときの印象と全く変わらない。プレーはあのままのイメージ。本当にサッカーのことが大好きだし、サッカーの話をするのが大好きな人だよね。

 ――“弟分”の香川がトルコのベシクタシュに移籍して活躍

 大久保:移籍できてよかった。移籍は難しいという報道も見ていたから、とにかくホッとした。このままクラブで活躍すれば、また日本代表に呼ばれるんじゃない。中心選手としてやっていくつもりで頑張ってほしいし、本人もそこは狙っているはず。やっぱりうまい選手であるのは間違いないから。

 ――トルコに移籍した後、連絡を取ったか

 大久保:最近は取ってないね。祝福? 何もしていない。連絡は思いついたときにするくらいだし、メッセージとか伝えなくても分かり合える仲だからね(笑い)。

 

【歴代1位を独走中】J1通算184得点を挙げている大久保は、すでに歴代1位に君臨。2位で161得点のFW佐藤寿人(36=J2千葉)、3位で157得点のFW中山雅史(51=J3沼津)を大きく引き離しており、他の追随を許さない。大久保の記録に最も近いJ1所属選手は、7位で135得点のFW興梠慎三(32=浦和)。いかに得点を重ねてきたかがわかるだろう。

 もちろん川崎時代の2013~15年に記録した3年連続J1得点王もただ1人。2年連続はFW前田遼一が磐田時代の09、10年に達成したものの、10年は名古屋のオーストラリア代表FWジョシュア・ケネディとダブル受賞だった。このため大久保は「単独の2年連続得点王ですでに新記録」とストライカーとしてのプライドをのぞかせたこともあった。

 Jリーグ通算(J1~3まで)得点では佐藤の216得点に及ばない202ゴールだが、前人未到のJ1通算200ゴールを決めればまさに金字塔で、しばらくは破られることのない大記録となりそうだ。

☆おおくぼ・よしと=1982年6月9日生まれ。福岡県出身。長崎・国見高から2001年にC大阪入り。その後はスペイン1部マジョルカや神戸、ドイツ1部ボルフスブルクなどを経て13年に川崎へ移籍した。13~15年は3年連続J1得点王に。18年にはFC東京から2年ぶりに川崎に復帰するも、6月に磐田へ電撃移籍。日本代表では国際Aマッチ60試合出場で6得点をマークし、10年南アフリカW杯、14年ブラジルW杯に出場した。家族は夫人と4男。身長170センチ、73キロ。