アジア杯ブレーク 「20歳のアタッカー」堂安律“自信の塊”ルーツは「家訓」

2019年02月01日 16時30分

次期エース候補・堂安の礎は、家庭環境によって築かれた(ロイター)

【UAE・アブダビ31日(日本時間2月1日)発】サッカー日本代表の次期エース候補を大躍進させた“秘密”とは――。アジアカップ決勝(1日)でカタールと対戦する森保ジャパンのMF堂安律(フローニンゲン)は、今大会で2得点をマークし、20歳ながらも主力メンバーとしての存在感を示した。欧州ビッグクラブも注目する若きアタッカーの活躍の裏には“放任主義”という堂安家ならではの「家訓」があった。

 森保一監督(50)が「若手とベテランの融合」をテーマに掲げた今大会でアピールしたのは堂安だ。1次リーグ初戦トルクメニスタン戦で華麗なステップからゴールを決め、アジアカップの日本最年少得点をマーク(その後にDF冨安健洋=20、シントトロイデン=が更新)。大苦戦した準々決勝ベトナム戦では自ら得たPKで決勝ゴールも挙げた。

 初めて臨むA代表の公式大会。好不調の波はあるものの、レギュラーとして堂々のパフォーマンスを披露する。2020年東京五輪、22年カタールW杯を目指すチームの中心としてさらなる好プレーが期待されている。そんな俊英アタッカーを支えているのは、堂安家で絶対視されている「家訓」だ。

 J3長野でプレーする兄のMF堂安憂(23)はこう明かす。「遊びでも勉強でも何でもほんまに自由で、親からは『やりたいようにやれ』と子供のころから言われてきた。その理由は『責任を自分で取れ』ということ。怒られるときも、それを守れていないときだった。いつもやることに対して“責任を取る”。それはすごく言われた」

 堂安家は基本的に放任主義だが、その行動には常に責任が伴う“鉄の掟”が存在。このため物心ついたときから、何かを決断するときにはじっくりと考えて強い信念を持つことが求められた。律のサッカーに対する姿勢はまさに堂安家の教えに基づいているわけだ。

「小さいころから一つひとつ、常に考えて行動した。僕はプロになれるか分からんかったからいろいろ勉強をしたけど、律の場合は自分に強い自信があったから『勉強はせえへん』と宣言していた。それは、サッカーに対して“責任”を持った言動だった」と憂は弟のキャリアを振り返った。

 律は早い段階で「プロサッカー選手になる」という覚悟を決めて他のことを犠牲にしてまで競技に打ち込んだ。どうしたらうまくなれるのか、プロで活躍できるのかを幼いころから突き詰めるなど、目標を実現するためには人一倍の努力を惜しまなかった。

「たとえばサッカーの出来が悪かったときに、おとんもおかんも何も言わない。だけどそういうときは律と2人で自分たちから公園を走ったり、ボールを蹴ったりした。(周囲から)強制されなかったことが一番大きい。『やれ』と言われていたら(律は)こうなっていないと思う」

 堂安家の「家訓」が律の長所であるメンタル面の強さを養い、成長の礎になっている。律は「性格的に自信しか持っていないタイプなので。自信を失うことは一切ないし、自信を持って臨んでいる」と堂々と語る。主力としてアジアカップで経験を積んだ今、さらなる飛躍を実現し、今後も日の丸を背負う選手の“責任”を果たしていく。