陸上競技では食えず競輪挑戦

2013年01月03日 14時00分

【異業種から競輪界へ転身(2):岩本俊介】野獣のような肉体を武器に陸上の100メートル走を中心に活躍していたが、大学を卒業するにあたり「社会人の枠もないしどうしようかと」。そんな時、過去100メートル走の日本記録を樹立したこともある叔父・一雄さんから競輪挑戦を勧められた。

「食っていくためにやるしかないと思った。でも初めて競輪場に訪ねて行った時は独特の鉄火場の雰囲気で、選手たちも独特の感じだったし、これはやっていけねえな…」

 第一印象はほぼアウトで「いきなり3本ローラーに乗せられて1時間で股ずれ。ふらふらになった」とすぐに挫折しそうだったが、千葉県の先輩たちの支えで一歩ずつ前進した。

 自転車は同じ陸上出身の海老根恵太(S1・86期)、ウエアは宮内貴司(A1・88期)などの先輩から譲り受けた。1日70キロの街道練習を「無言の中、ついてこい、というムードを感じながら」続けた。熱中症で倒れたこともあったものの、自転車と体を一体化することに集中、専念する日々を経て、練習についていけるようになった。

 試験は自転車に乗り始めてすぐだったので、適性試験を受け合格。94期は日大自転車部でエリートだった鈴木雄一朗(A1)や、ロサンゼルス五輪で銅メダルを獲得した坂本勉(引退)の長男・貴史(S1)など逸材揃いだったが「ハイレベルなのは全く知らなかった。素人だったんで」。右も左も分からなかったが「自分自身との闘い」に耐えた。学校生活は苦しかった。厳しい校則に縛られた。

 選手になってからは「苦しさが10あっても、会心のレースができて楽しさが1あれば、苦しさは忘れる」という喜びに心が震えた。仲間やファンと一体になることで、人生の感動が骨身に染みた。支えてくれる家族や仲間に対する感謝も倍増した。

「自分の力、努力により戦う人生になりますが、お金が稼げる世界。待ってるよ! 選手になってください!」

☆いわもと・しゅんすけ=1984年4月13日生まれ。千葉県出身。城西国際大卒。179センチ、90キロ。94期S級1班。