ギャンブルを楽しみながら儲けるにはお気に入りの選手を見つけるのが一番の近道かも…。苦労して這い上がってきた個性派レーサーにより愛着が湧く――。デビュー当時から「クールビューティー」の愛称で親しまれてきた浜松の岡谷美由紀(31)も選手生活2年半が経過、今や立派なA級レーサーに昇格した。「クールは確かに合ってるかもしれないけど、30過ぎてからシワが増えたからビューティーではない…」とはにかむ美女レーサーの素顔に迫り、2016年、飛躍の可能性を探った。

 長野県塩尻から「ワイドビューしなの」に乗って名古屋へ。新幹線ひかりに乗り換えてホームバンクである静岡県浜松へ向かうのが“通勤電車”だ。その道のりは4時間余り。長く、つらく感じたこともある。

「車の方が早いし楽だけど、電車の方がゆっくり寝られるから好き」

 時に車窓から風景を眺めながら、自身の成長ぶりを感じ取ることができる貴重な時間でもある。

 13年7月、注目を集めたデビュー初戦でまさかのフライング。その後、12走連続でぶっちぎりの最下位となり、周囲の誰もが「大丈夫か…」と心配したが、本人は意外にもケロリ。堂々としたものだった。

「スケート時代に比べれば全然。高校の時はホント、精神的にも肉体的にもキツくて常に張り詰めてましたからね。だから毎回8着で結果が出なくても、そんなに焦ることはなかったんですよね」

 スピードスケートにすべてをささげた高校時代。インターハイに出るためには、自身の記録だけではなく、仲間を蹴落として出場権を得なければならない。高校生には過酷な“競争”を経験したことが、その10年後のプロデビューに生かされていたのだ。

 新人時代、全く車券に絡むことのできなかったハンデ90メートル前の位置から今では20メートル前に。この数字に成長の跡がうかがえる。
「ここまで決して順調ではないけど、ちょっとずつ進んではいる。突っ込みの角度とか、走るコースとか、これまでできなかったことができるようになってそう感じます」

 もちろん目指すは最重ハン。だが、あと20メートルを詰めるのは容易なことではない。

 15年5月、転機が訪れた。地元浜松で初優出。メンバーは地元3強(金子大輔、佐藤貴也、木村武之)に加え、永井大介、荒尾聡ら記念クラスの豪華な顔ぶれ。そこで2着に粘り1番人気に応えたことが自信となり、ファンの信頼感も増した。

「メンバーがすご過ぎてかえって緊張しなかったのが良かったのかも。残り1周まで先頭で走れたけど、あそこで勝てなかったことで試練を与えられたんだなと捉え、今こうやって頑張れている」

 今期初のA級昇格は大きな意味を持つ。4月の「オールスター」の出場資格を得たことで初のSG出場も見えてきた。若手のSGデビューはほとんどがこの舞台だ。

「16年は初優勝とSG出場。この2つを目標にやっていきたい。トップクラスの選手は決めるべき時にはしっかり決めて、絶対に失敗をしない。自分に何が足りないかを考えた時、最近はつくづくそう感じます」

 名古屋からの帰路。「ワイドビューしなの」から見える絶景も木曽山脈を越えるたびに移ろう。10分前まで山並みでは大雪だったのが塩尻、岡谷、上諏訪に着いたころには晴天になっている時もある。

「地道に努力していてもいい時もあれば悪い時もある。そこは焦ることなく素直に受け止めないといけない」

 1級車に乗り替わった時につけた車名「ディアマンテ」とはイタリア語でダイヤモンドを意味する。「磨けば磨くほどキレイに輝く。そうなればいいかな」。オートレーサーとして、また一人の人間としてそうありたいと願っている。

☆おかや・みゆき=1984年10月14日生まれ。長野県諏訪市出身。2013年7月デビューの32期生。現ランクはA級132位。幼少時からスピードスケートに熱中し、長野の名門、東海大三高に入学。2年時にインターハイのスピードスケート500メートルで3位入賞の実績を残している。尊敬するスポーツ選手は橋本聖子。好きな歌手は加藤ミリヤ。趣味はバイクや旅行、スノーボード。両親と兄、弟の5人家族。独身。身長159センチ、体重48キロ。血液型=A。