アテネ五輪銀 競輪の長塚智広「自転車競技としても引退」

2015年01月29日 10時22分

引退後は一般社団法人の理事に就任予定の長塚。今後は医療面からアスリートを支える

 2004年アテネ五輪自転車競技・チームスプリント銀メダリストで競輪のトップレーサーである長塚智広(36=茨城)が28日に東京都渋谷区の日本体育協会で引退会見を行った。

「36歳になって体力的にも上を目指せない。(五輪で)メダルを取ることができない。なので一線を引く決意をした」と長塚は引退理由を説明し、競輪選手だけでなく「自転車競技としても引退。17年間、ありがとうございました」とあいさつした。新選手会問題で昨年5月からの自粛欠場中での引退に「復帰してラストランをしてからにしてという声も頂いたが、現状を考えるとそれは難しい」と選手としての体づくり等が困難であることをにおわせた。

 競輪選手としての一番の思い出のレースは「競輪祭決勝戦ですね」と悲願の初GI制覇を果たした11年競輪祭(小倉)を挙げた。また自転車競技では「アテネ五輪のチームスプリントのドイツとの決勝戦。残念ながら負けてしまったが当時は絶対、日本人は(自転車競技で)メダルを取れないと言われていたので本当にうれしかった」と自転車競技(トラック)初の銀メダルを獲得した一戦が一番、心に残っていると語った。

 今後は「トップアスリートとして医療技術を日本に広める活動」を行う。「PRP」という最近ではメジャーリーガーの田中将大が行った自身の血液から血小板を取り出し、患部に注射する再生療法を「アスリートだけでなく一般の人にも広げたい」(長塚)。近く、そのための一般社団法人が立ち上がり、その理事に就任する予定だ。

☆ながつか・ともひろ=1998年8月デビューの81期生。五輪には2000年のシドニーから銀メダルを獲得したアテネ、北京と3大会連続で出場。競輪でも11年にGI競輪祭を制するなど自転車競技で世界、国内の両方で多岐にわたって活躍した。また、政界への進出も目指し、09年には茨城県知事選、翌年には参院選に出馬(いずれも落選)。