【Challenge! 新人選手】佐藤礼文 デビュー後すぐに伝説刻んだ“クレイジー”なヨコのセンス

2020年01月28日 16時00分

ストロング系レーサー佐藤の走りにファンは酔いしれる

 茨城が新たに送り出してきたストロング系レーサーとは、佐藤礼文(28=茨城・115期)のことだ。野球で培った体力とアメフトで備えた闘争本能を武器に、まさに大暴れの日々を送っている。秘めた才能は、先々覚えておいた方がよさそうだ。 

 古くは清水孝志(29期・引退)や内田幸男(37期・引退)、そして現在では芦沢大輔(90期)らに続く茨城の闘争の歴史がある。“クレイジー”と呼ばれるファンキーなスタイルで暴れる茨城の戦士たちがいる。

「周囲から(ヨコは)まだ使うな、と言われてます」。伝説の一ページはデビュー後3場所目、8月松阪の決勝で刻まれた。同期の石井洋輝(福島)をマークし、番手で大仕事。最終的に2センターで同じく同期の藤井侑吾(愛知)を落車させ、失格となったレースがある。「止めるしかないでしょう」。逃げてくれた石井を援護する気持ちだけがあった。だが「落車させてしまったしやっぱり失格はダメ」と振り返る。現在はヨコを封印しろと言われながらも一部の先輩は「防御にもなるから、と教えてくれます」と静かに技術を磨いている。

 駒大アメフト部で活躍したファイターで足の速さが売りだ。「ずっと野球をやってました。ただ守りと走るのはいいけど打つのがダメで…」。東京で生まれ育ち、気がつけば白球を追い続ける日々。取手二高(茨城)に進んだが限界を感じた。駒大のアメフト部に俊足を買われ、特待生として進学という道を経て、卒業後は競輪選手を目指した。「高校の先輩に競輪選手がいる、ということを知りました。師匠の土屋仁さんです」というつてがあった。

 競輪学校(現養成所)に合格したのは4回目。「タイムが出なくて…。1回はハロンのタイム測定の時に後輪が壊れて、ということもありましたが、やっぱりタイムですね」。苦労の末にデビューの道が開き、今がある。失格や8連勝後の特昇失敗もあるが「それが自分の力」とくじけず、冷静に前を向いている。

 しばらくは自力だけの戦いで上位進出を目指すが、光るものはヨコのセンス。近い将来、S級で名うてのマーカーになるパーセンテージはやはり低くない。ガツンとくるレースでファンをクラクラさせるだろう。

 ――休みの日は

 佐藤 遠くに遊びに行くのが好きですね。この前は横浜の中華街に行きました。おいしいものを食べに行ったり、温泉とかもいいですね。

 ――どうやって情報収集を

 佐藤 テレビの旅番組が好きなので、それを見て行きたいな…と思います。でも実は、家にテレビはないんです。

 ――えっ

 佐藤 ほとんど家にはいないし、なくても大丈夫なんで。

 ――確かに競走参加でずっと宿舎なんですよね…。何か欲しいものは

 佐藤 特になくて、今は貯金してます。おカネがあれば、何かあっても何とかなるでしょうし(笑い)。

☆さとう・あやふみ=1991年7月31日、東京都出身。茨城県所属の115期。172センチ、75キロ。師匠=土屋仁(84期)。