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【武豊独占激白:後編】ケガに量子夫人…初公開エピソード満載


本紙に初公開エピソードを明かした武豊

 史上初のJRA通算4000勝を達成(9月29日=阪神10R)した競馬界の至宝、武豊(49=栗東・フリー)への独占インタビュー後編も知られざるエピソードが満載。競馬界のパイオニアで、伝道師でもある男は、これからもぶっちぎりの第一人者として、その面白さ、楽しみ方…“競馬の真実”を伝え続ける――。

 ――4000勝の中で転機になった1勝はありますか

 武豊:いや、自分の中で全部がつながっているので特別な1勝ってないんです。負けることの方が圧倒的に多く、それがあっての4000勝ですからね。だから生涯ベストレースもない。そもそも、まだベストって思いたくないし(笑い)。もちろん、名馬で有終の美を飾るのも最高ですが、普通に未勝利戦でやっと結果を出せた時もすごくうれしいですから。

 ――4000勝に含まれていない海外の勝利もあるが、それこそが武豊さんの礎では

 武豊:若い時から海外の競馬に興味があり、本とか映像でフランスやアメリカやイギリスのレースを見て「あのジョッキーの乗り方はカッコいいなぁ」とか憧れていました。いつか行ってみたいって思っていたので、ジョッキーになってからは、とにかく「いい騎手になりたい!」という一心で海外遠征をしてきました。

 ――その間は日本のレースを休むので勝ち鞍は減る。そのジレンマは

 武豊:全くないですね。たとえ日本でリーディング争いをしていても、もし海外から騎乗依頼があったら行くと思いますよ。単純にジョッキーの仕事が好きだし、いろんなところで大きい舞台を経験して成長したい。世界的に有名な調教師から依頼があればぜひ行きたいし。そういった経験があるからこそ、日本の成績がある。ずっと日本で乗っていたら、今こんな自分ではなかったと思います。

 ――単身でアメリカへ行き、厩舎を回って騎乗をお願いしたこともある

 武豊:やってましたね、若いころは。すごく面白くて刺激がありましたよ。日本では若くしてパパッと勝って、悪い言い方をすればチヤホヤされた部分もありましたが、ボクは浮かれませんでした。アメリカに行ったら本当に無名だったし、日本の競馬が世界に全く浸透していない時代。「日本って競馬やってるんだ?」って言われたり、それこそ人種差別に近い扱いも何度かされました。すごくしんどかったですが、それが楽しかった。いや~ホンマにきつい…でもコレ、コレ!みたいな(笑い)。

 ――大きなケガも何度かありました

 武豊:仕事が仕事なので常にケガは覚悟していますが、騎手って馬に乗れないと何もできないんですよ。例えば、会社に勤めている方はケガをしても会議に出るとかパソコンを打つとか、できることはあるじゃないですか。でも騎手はケガをしたらリハビリしかできない。1番人気で騎乗ミスして負けるのも確かにつらいですが、それは馬に乗っているからこそ味わえる感情。馬に乗れないっていうのはジョッキーにとって一番きついことなんですよ。

 ――奥様の支えも大きかったのでは

 武豊:それはありますね。一番、身近にいるので全部を分かってくれる。でも競馬の話は全くしない。向こうも何も言ってこないし、ボクも何も言いません。勝ったら「おめでとう」「良かったね」だけですよ。いい意味で知らん顔をしてくれる。なかなか結果が出ない時期も、逆にすごく調子がいい時期も、ずっと変わらないでいてくれるのがすごく助かります。彼女なりに考えてくれているんだと思いますね。

 ――数々の名馬に乗ってきたが、中でもサイレンススズカ(※1)とディープインパクト(※2)は強烈な印象。仮に片方が最大のライバルという状況での騎乗だったら…

 武豊:もう、どっちに乗っていても嫌な感じでしょうね(笑い)。もしサイレンススズカに乗っていたらディープみたいな馬が一番嫌だし、逆にディープに乗っていたらサイレンススズカがすごく嫌。「どっちが勝つか」ってよく聞かれますが、別に両方に気を使って言えないとかじゃなく、本当に分からないんですよ。まあ、間違いなく言えることは、2頭とも当時の世界ナンバーワンの馬だったと思いますよ。

 ――今後も競馬界のパイオニアであり、絶対的な存在であり続けると思いますが、次なる野望は

 武豊:まだ競馬ってどうしてもギャンブルのイメージが強いし、食わず嫌いな人も多いと思う。全く競馬を見たことないって人もすごくたくさんいると思うんですよ。だから単純に競馬の楽しさ、面白さを伝えたいし、ジョッキーとしていいレースを見せて、皆さんに競馬をもっと知ってもらいたい。あと、今回こうやって注目してもらったのは誇れること。勝ち鞍は増えていく数字なので1つでも多い方がいい。4000よりも4001勝って気持ちで、これからも積み上げていきたいですね。

【※1】桁違いのスピードを武器に高速ラップで大逃げを打つスタイルで、希代の逃げ馬として名をはせた。1998年に宝塚記念を制覇し、同年秋の毎日王冠ではこの年のジャパンカップ、有馬記念をそれぞれ勝つことになるエルコンドルパサー、グラスワンダーを子供扱い。続く天皇賞・秋でレース中に骨折、予後不良に。悲運の名馬として今も語り継がれている。

【※2】2004年にデビューし、無敗でクラシック3冠を制覇。武豊が「走っているより飛んでいる感じ」と表現するほどの圧倒的なスケールで、他馬をねじ伏せる豪脚は日本競馬史上最強との呼び声も。7つのGIタイトルを獲得し、06年に引退。種牡馬となった現在でも数々のGI馬を送り出している。

☆たけ・ゆたか=1969年3月15日生まれ。京都府出身。87年3月にデビューし、同月7日の阪神で初勝利(ダイナビショップ)。この年、69勝(重賞3勝)を挙げて当時の新人最多勝記録を更新。88年菊花賞をスーパークリークで制してGI初勝利。89年に初のリーディングジョッキーに輝く。通算1000勝(95年)、2000勝(2002年)は、ともに史上最速および最年少記録。07年7月に岡部幸雄元騎手の記録を抜く2944勝。同年11月に前人未到のJRA3000勝をマーク。父は元騎手&調教師の武邦彦、弟は元騎手の武幸四郎現調教師。妻は元タレントの佐野量子さん。身長170センチ。血液型=O。

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