素人脚自慢で開眼した脱サラの星

2013年01月03日 08時55分

 上司と喧嘩して「こんな会社辞めてやる!」って勢いよく退職願を叩きつけてしまった。まあどうにかなるだろうと思っていたら…。今日も面接、明日も面接、明後日はハローワーク。シューカツざんまいでも再就職先が全く決まる気配がなく途方に暮れている、という方、いませんか? ならばカラダ一つで稼ぐことのできる「競輪選手」になるってのはどうですか? トップレーサーなら年間2億円も稼げちゃいますよ。年齢制限撤廃、学力試験廃止、ガールズケイリンも始まり、年齢性別不問で今、競輪界は門戸を大きく広げてアナタのお越しをお待ちしております。ここでは全くの他業種から一念発起して競輪選手になった3人を紹介します。

【異業種から競輪界へ転身(1):阿部康雄】常に温和な表情、脚がメッチャメチャ太いわけでもない。スーツを着せれば優しそうな勤め人風の普通のオジさん(失礼…)だが、レーサーにまたがればビッチリ稼ぐ。生涯取得賞金は何ともうすぐ7億円! ド素人からGⅠ決勝までたどり着いた偉大な「脱サラの星・アベちゃん」に話を聞いた。

 ――サラリーマンだった

 阿部:高卒後、道路のライン引きの仕事をしていた。当時の年収は200万円、残業して280万円ぐらいだったかな。

 ――競輪は知っていた

 阿部:地元の弥彦競輪で車券を買っていたのでね。高収入で夢のような仕事と思っていた。

 ――素人脚自慢(バンクをいわゆるママチャリ、普通の自転車で走るイベント)に挑戦した

 阿部:21歳の時に7月か8月の弥彦記念で素人脚自慢に出て優勝。それで9月に選手になろうと思った。

 ――家族には

 阿部:当時はまだ独身だったので父親に話したら「やりたいことをやれ」と。9月から始めたのでその年の67期の試験はダメだったけど68期で合格した。

 ――収入は

 阿部:デビューした1年目は300万円くらいだったけど、あとは順調に年間2000万円くらいは稼げるようになった。

 ――これから競輪選手になりたい人へ

 阿部 足に自信がある人は向いているんじゃないかな。短距離でもマラソンでもいいので。私も足は速い方でしたよ。選手になった時点で満足する人もいるので、性格も大事かも。選手になったからにはある程度は稼いでもらいたいね。

☆あべ・やすお=1967年3月27日生まれ。新潟県出身。新潟商業高卒。180センチ。85キロ。68期S級1班。