48歳の母が挑むガールズケイリン

2011年05月07日 10時57分

女子競輪の第1期合格者最年長の高松美代子は、来年7月、48年ぶりに復活する「ガールズケイリン」こと女子競輪の最大の注目選手といっても過言ではない。10日の入学式の前日が49歳の誕生日でまさに競輪選手デビューは「50歳の新たなる挑戦」だ。小学校で臨時教員をしながらロードの大会で活躍した実績に後押しされ、将来への熱い思いを抱き大きな一歩を踏み出す。そんな彼女が競輪学校入学直前の胸の内を語った。
 人生、いくつになっても何があるかわからない。「3年前だったら、子供の大学受験や寝込んでいた父の看病などで無理だった。2年後で50歳になっていたとしたら…」。女子競輪復活のタイミングは高松の人生とぴったりリンクした。「子供も大きくなって4人の親もすべてみとった。今は自分が好きなことをやれる環境にある。趣味で自転車やマラソンをやって残りの人生を過ごすのもありだけど、何かもう一回挑戦してみたいな」と迷うことなく競輪学校受験に踏み切った。
 長女が小学校高学年、次女が低学年の時に一緒にできるスポーツはないかと考え、トライアスロンを始めた。小さいころから続けていた水泳がトライアスロンにつながり、自転車に行き着く。自転車にこだわることになった理由は「勝てるから」——。トライアスロンもマラソンも水泳も競技人口が多い。比べれば女子の自転車ロード選手は少数でライバルも少ない。表彰台に上がれる、優勝できる快感に取りつかれたのだ。
 勝つために訪れたのが川崎競輪場だった。「ロードの大会は最後の200メートルくらいのスプリントで勝負が決まる。そこを強くなりたいと思って」。元競輪選手の山本公明さん(42期)らに指導を受け、武骨な男性群に女性一人交じり練習を続けた。鎖骨も折った。「05年9月にバンクで落車して左鎖骨を骨折したんです。場外発売をやっていたのでお客さんが大騒ぎしたみたい。救急車で運ばれて…。私は気を失っていたので覚えてないんですけど」。それでも自転車をやめようとは全く思わず、勝つためにペダルをこぎ続けた。

<div><%image(41/20110505-takamatsu.jpg|209|200|*)%></div> 大きな笑い声を上げながら、若干早口で夢を語る。本来が“先生”ということもあり「指導することが好き」。将来的には「女子選手の指導をしたい。自分は18歳の子みたいに長くはやれないので、何年かしたら指導に回りたい。プロを経験した人の話の方が説得力もあるでしょう」と女子の自転車競技の普及に携わっていく夢がある。
 競輪学校での生活には「がむしゃらにやっても無理。自分のことを知ることが大事だと思う。どこまでできるとかできないとか」と冷静な姿勢で構えている。「年齢制限なしで高松さんを取ったけどやっぱりダメだったよ、じゃ困る。これから40代で受けようとしている人もいると思うので35歳くらいに年齢制限しようとなったらいけませんからね」。入校前ながらすでにガールズケイリンの将来までも考えている。
 また学校では自身の成長とともに、若い生徒たちのまさに“母”代わりとしてのまとめ役も期待される。「娘からは、若い子にはあんまりうるさく言っちゃダメだよ、と言われているけど、箸の持ち方とか注意しちゃいそう(笑い)」。厳しい、苦しいのイメージが強い競輪学校だが、同期生のつながりの深さは後の人生の宝となるもの。36人一丸となってガールズケイリン成功の道を切り開くため、偉大な“母”の力を発揮しなければならない。

<たかまつ・みよこ>1962年5月9日、大阪府生まれ。プール学院短期大学卒。教員免許を通信教育で取得、大田区出雲小学校で3月31日まで臨時教員として働きながら、ツールドジャパン西湖ステージなどロードの大会で数多くの優勝、入賞の実績がある。2月ガールズケイリン第1期生入学試験に最年長で合格した。夫・繁男さん(56)、長女・加奈さん(24)、次女・加帆さん(20)の4人家族。