オートではなくボートを選んだオートバイレーサー

2011年12月30日 16時06分

【ボートレース:新鮮力】最近は様々な前歴を持つボート選手が増えた。葛原大陽(28歳=徳島・106期)も例外ではなく、以前はオートバイのレーサーだ。世界選手権にも参戦したことがある。葛原はなぜ、オートレースを選ばずボートの世界に飛び込んだのか。

 9歳のときにミニバイクでレーサー人生をスタートさせた葛原。その後は全日本ロードレース選手権GP125クラスに参戦。今は船橋所属のオートレー サー・青山周平と同じ舞台で戦ったこともある。2006年にはイタリア選手権に参戦、同年世界選手権にも出場している。一線級で活躍していた葛原がなぜ ボートを選んだのか。
「バイクをやめたのは年齢的な部分もあるし(遠征などでの)資金的な部分もあります」と世界を舞台に戦うには厳しい現実があったのだ。
「実はボートは19歳の時、一度周囲に勧められたことがあったんです。ただその時はオートバイでの成績が中途半端で(納得できなくて)考えてなかったんですね」
 しかし資金的な問題でバイクを降り、生活するために派遣社員として働いた。半年たったころボート選手募集で年齢制限が広がったのを知る。
「オートはその時募集している時期ではなくて、タイミング的にチャンスだったのがボート。それに一から新しいことを始められるし、これを続けていくほうがオートバイだけの人生よりいいかなと思って(受験を)決めました」
 オートバイでの経験はここでも生かされているのか?「なかなか当てはまりませんね。ただスピードに慣れているとか、バイクとボートとの違いはあるけど整備の経験があるというのは未経験の人よりは、やってて良かったとは思います」
 10年5月に地元・鳴門でデビューして1年7か月。自分の成績には納得していない。
「本当は早くうまくなりたいけど自分は一気にうまくなるタイプじゃない。少しずつ積み重ねていくしかない」。その裏には熱い気持ちもある。「特別試験枠で 受けさせてもらったのに今の成績では申し訳ないと思う。(特別枠が)期待はずれとか大したことないと思われるのはイヤですから。いい成績を残して流れに 乗っていかないと自分自身にもマイナスになるし、“恩返し”をしたいですね」ときっぱり。
 今は徳島の先輩や市橋卓士が会長を務めるヤング会などでペラの情報交換やアドバイスを受けている。
「デビュー時は5、6着だったのが3、4着と中間着でしのげるようになってきたので、次の段階につなげていきたい」。世界で戦ったレース経験は決して無駄にならないはず。現在はB1だが、気合のこもった熱いレースで、まずはA級を目指す。

 くずはら・ひろあき=1983年6月14日生まれの28歳。徳島県在住。2010年5月の鳴門タイトル戦でデビュー。デビュー2節目の住之江タイトル戦 で初勝利。11年8月の鳴門タイトル戦で初優出(6着)。同期には谷川祐一、加藤政彦、井内将太郎、岩瀬裕亮、荒井翔伍らがいる。血液型=A。