【ボートレーサー泣き笑い:黄金井力良(埼玉支部・100期)の巻】一般的に卒業シーズンといえば3月ですが、年2回の選手募集を行うボートレース界では「9月」も卒業の季節。今月19日、ボートレーサー養成所「やまと学校」では第115期生の卒業式が行われました。1年間の厳しい訓練に耐えた彼らは晴れて選手登録され、11月から次々とデビューしていくのです。

 この「やまと学校」は過酷な訓練で知られますが、入学も簡単ではありません。やまと学校に入学するには、約40倍の試験を突破しないといけません。試験は1次から3次まであり、学科試験(国語・数学・理科・社会)、体力試験、身体検査、面接などがあります。自分は7回目の試験で合格しました。同期(100期)の中でも時間がかかった方でしたね。最初に受験してから合格するまでの3年半はアルバイトをしながらジムに通って体力づくり。小学生から高校まで野球を…いや、野球しかやってこなかったので体力試験には自信がありましたが、問題は学科試験です。なんたって高校も埼玉のスポーツ校の保健体育科! 小学校で習う基礎の勉強からやり直さないと、ほとんど分からない状態でした(汗)。

 そこで友人の両親が教えている塾に入れてもらいました。ジムが終わった後、夕方からバイクにまたがって塾に向かう。自転車をこぐ小学生たちを道で抜いて塾に到着すると、後から追い抜いた小学生が隣に座り、同じ机で勉強! そう、ボクは小学生に交じって授業を受けていたのです。

 初めて塾に行った日、隣の小学生に大きな声で「先生、このおじさん誰?」と言われ、もうショックというか、悔しいというか…。でも、その言葉が闘争心に火をつけ、絶対に合格してやる!という気持ちにさせてくれました。7回目の受験で合格したときは本当にうれしかったです。もう「おじさん」って言われずに済むので(笑い)。

 やまと学校に入学してからは1年間の厳しい訓練が待っていました。真冬でも上半身裸で乾布摩擦をしたり、毎日朝から夜寝るまで1分単位でスケジュールがぎっしり。耐え切れずに辞めていく仲間が何人もいました。自分も「きついなあ」と思うことが何度もありましたが、入学するまでの様々なことを考えたら、絶対に卒業してボートレーサーになってやる!という気持ちの方が勝り、耐え抜くことができました。選手となった今でも、その思いは忘れていません。今度は知らない小学生から「あのおじさんのレースはカッコいいね!」と言われるよう、頑張っていきます!

☆こがねい・りきら=1986年3月4日生まれ。埼玉支部の100期。2007年5月、戸田でデビュー。10年4月の江戸川で初優出、優勝は未経験。14年後期は勝率5・65(A2級)。13年の獲得賞金額1632万3000円。身長172センチ。血液型=A。