【住之江GP&徳山クイーンズC】大会初・6コースからのV決めた服部伝説のまくり差し

2019年12月02日 14時00分

1997年、服部は6コースからのV奪取を決めた

【住之江SG「第34回グランプリ」&徳山プレミアムGI「第8回クイーンズクライマックス」=カウントダウンコラム(1)=歴史と名勝負】 令和初の賞金王、そして賞金女王は誰か――。2019年のボートレース大一番がもうすぐだ。17日に開幕するボートレース住之江のSG「第34回グランプリ」、そして28日からボートレース徳山で行われるプレミアムGI「第8回クイーンズクライマックス」(シリーズ戦は26日開幕)。この2大決戦に向け、13回のカウントダウンコラムがスタート! 第1回は「歴史と名勝負」だ。

【1986年、V賞金3000万円で始まった】「ボートレースグランプリ」の創設は1986年(昭和61年)。住之江で第1回大会が行われ、優勝賞金は3000万円(競馬のグランプリ・有馬記念は当時の優勝賞金が8000万円=現在は3億円)。優勝賞金の変遷は1989年=3300万円→1990年=4000万円→1992年=5000万円→1994年=6000万円→1996年=8000万円と増額され、1997年から1億円となっている。

【ポールポジションは誰のもの? 俺のもの!】記念すべき第1回大会の優勝者は当時“艇王”と呼ばれた彦坂郁雄氏(引退)。インの安岐真人氏(引退)を2コース差しで仕留めた。翌年は4号艇の安岐氏がインを奪取して逃げ切り勝ちを収め前年の雪辱を果たす。当時のレーススタイルは現在と違い、枠番はあってないようなもの。インコースがポールポジションなのは同じでも、1号艇=インとは限らず、ピット離れと同時に全員がイン水域に殺到することもしばしば。枠なりに落ち着いたのは第5回大会(高山秀則氏=引退=がイン逃げでV)が初めてだった。

【伝説のまくり差し!!服部幸男】大会史上、最もド派手な勝ち方だったのは1997年(第12回=住之江)の服部幸男(静岡)だろう。6コースから0・10の快ショット。3コースから先まくりを打った熊谷直樹(東京)をまくり差しV。これがグランプリで初の、6コースからの優勝となり、2連単(5)(4)9720円は、その後しばらくSG優勝戦の最高配当として残った。

【大阪勢にはかないまへんわ】グランプリは賞金額が最大であり、1年を締めくくる意味でもボート界最大のイベント。よって開催場は売り上げ、集客の多い場に限られ、ボートレースの聖地といわれる住之江開催が圧倒的に多い(住之江以外では平和島が第6、15、29回大会と来年の第35回大会。戸田が第11回大会、福岡が第22回大会)。優勝回数もホームプールの利がある大阪支部の選手が圧倒しており、モンスターと恐れられた野中和夫氏(引退)、王者・松井繁、田中信一郎が3V、太田和美が1Vと10回の優勝者を輩出する(いずれも住之江開催)。大阪以外の複数回優勝者は平成の艇王・植木通彦氏(福岡=引退)が3V、池田浩二(愛知)、山崎智也(群馬)が2V。昭和の時代から平成を経て令和に至る現在までトップレーサーとして活躍するSG7冠の今村豊(山口)が、7優出しながら優勝できていないのは運命のいたずらなのだろうか。

【アタシたちのグランプリ】女子レースの盛り上がりを背景に、グランプリの女子選手版としてプレミアムGⅠ「クイーンズクライマックス」が新設されたのは2012年。ボートレース発祥の地・大村が第1回大会の舞台となった。優勝者は第1回から三浦永理、平山智加、日高逸子、川野芽唯、松本晶恵、遠藤エミ、松本晶恵と勢いのある20、30歳代の躍動が目立つが、第3回大会(住之江)覇者の日高は当時53歳。今年は58歳で大会を迎えるが賞金ランク7位で堂々の選出。昭和のグレートマザーは平成生まれの新女王・大山千広(8月のPGⅠレディースチャンピオンV=賞金ランク1位)にガチンコ勝負を挑む。

※次回は「住之江&徳山の水面特徴、エンジン相場」を掲載