スターダムの礎築いた“グラレスラー”ゆずポン

2019年11月10日 11時00分

高橋(後方)の厳しい攻めに耐える愛川

【プロレスPLAYBACK(2010年10月31日)】 女子プロレス界の盟主「スターダム」が、新日本プロレスの親会社「ブシロード」のグループ会社「キックスロード(12月1日にブシロードファイトに社名変更予定)」と事業譲渡契約を締結した。2011年1月に団体を旗揚げしたロッシー小川社長は「スターダム事業部門エグゼクティブプロデューサー」に就任し、今後は団体の運営と改革に着手していく。

 1968年に旗揚げして、70年代と80年代、そして90年代に空前の女子プロブームを巻き起こした全日本女子プロレス(2005年4月に解散)は松永一家による「家族経営」だったことを考えると、今回の新体制移行は、女子プロ界では歴史的な出来事だ。

“冬の時代”に旗揚げしたスターダムは、他団体同様に当初は苦闘を強いられた。窮地を救ったのは“ゆずポン”こと愛川ゆず季だ。9年前の10年10月31日、愛川が記念すべきデビュー戦を行っている。

「バスト100センチを誇る人気グラビアアイドルの愛川ゆず季が『ゆずポン祭』(新木場1stRING)でプロレスデビューした。いきなりのメーン、相手は“極太あやや”こと高橋奈苗という破格の扱いにも、プレッシャーに屈することはなかった。テコンドー仕込みのあらゆる蹴りを見舞い、442人超満員札止めの観衆をうならせたが、トップに君臨する極太は甘くなかった。5分過ぎからは美貌と巨乳にやたら嫉妬心を燃やす極太の猛攻が続く。エグい角度の逆エビ固めと岩石弾2連発で意識はもうろうとなった。それでも必殺のゆずポンキック(カカト落とし)を何発も浴びせ、約半年間の猛練習の成果を見せたが、最後は13分51秒、ダイビングボディープレスに沈んだ。試合後は『プロレスの厳しさを体で痛感しました。最後は内臓が飛び出るかと…。いつかは強くなって倒したいです』と話した」(抜粋)

 愛川は一気にスターへの階段を駆け上がり、11年と12年には東京スポーツ新聞社制定「プロレス大賞」女子プロ大賞を2年連続受賞。人気がピークだった13年4月の両国国技館大会で引退した。

 しかし築いた土台は揺るぐことなく、その後も現WWEの紫雷イオやカイリ・セイン(宝城カイリ)らの中心選手が続々と登場。WWE移籍組が離脱しても岩谷麻優、林下詩美、渡辺桃、星輝ありさ、木村花、花月らが団体を支える。さらに将来の業界エースとしての期待がかかる元アイスリボンのジュリアが入団を表明するなど、屈指の選手層を誇る。全女時代はクラッシュギャルズ(長与千種&ライオネス飛鳥)を手がけ、その後もアルシオンやAtoZに深くかかわった小川氏の手腕に期待したい。