【新日本】引退・中西が胸中を激白 第2の人生は…

2020年02月25日 16時35分

中西は地元京都へ向かう新幹線に笑顔で乗り込んだ

 22日の新日本プロレス東京・後楽園ホール大会で現役生活を終えた“野人”中西学(53)が、引退後初めてとなるインタビューで胸中を激白した。約27年間のプロレスラー人生を全うし、地元の京都に帰省する直前に本紙が緊急キャッチ。野人は「生涯レスラー」として引退後の理想像と目標を掲げるとともに、同郷の“あの男”にもラブコールを送った。

 ――引退試合では最後まで野人らしく暴れた

 中西 本当に原点に返ったというか。試合が決まってから、高校生のときの練習をやっていたんでね。とにかく基本に返ってやろうやないかと。

 ――完全燃焼したか

 中西 そりゃ悔いは、人生やからあるわなあ…。(もっと)あれやってこれやってってのはあるけど、でも俺みたいな人間にしたら、上出来すぎるんちゃうかっていうくらい上出来やろ。

 ――セレモニーには恩人たちも来場

 中西 長州(力)さんにも馳(浩)さんにも坂口(征二)さんにも藤波(辰爾)さんにもええこと言ってもらったんやけど…。やっぱりマサ(斎藤=故人)さんが会場に来てくれてたとは思うよ。「これだけは」と思って「プロレスを1回やったら死ぬまでプロレスラー」と(リング上で)マサさんの言葉を言ったんです。

 ――マサさんの存在は引退後の指針に

 中西 そうやね。あの人は亡くなるまでトレーニングしてたし、ずっと戦ってはったしね。

 ――一番の思い出は

 中西 ええことはIWGP(ヘビー級王座)を取ったことやけど、悪いことで言ったらケガをして悪化したことやな。

 ――2011年に負った中心性脊髄損傷が引退の遠因

 中西 どのスポーツも命がけかもしれんけど、受けの美学があるプロレスはどのスポーツよりもその可能性、高いと思う。何百試合もやってたら(体に)ズレも出てくる。プロではあるけど、機械ではないんやからね。いつも(ケガと)背中合わせやし。(自身を)いつそうなるか分からないという教訓にしてもらいたい。

 ――改めて第2の人生がスタートする

 中西(食い気味に)仕事くれよ!

 ――京都の茶農家を継ぐのでは…

 中西 そりゃ、何百年と続いている家業ですから、ゆくゆくはね。ただワシがいないときは兄貴がやってくれてるし。

 ――やはりプロレスにも携わりたいと

 中西 試合はできへんけど、まだまだプロレスでできることの可能性ってあるし。自分もなんかできたら。小橋(建太)さんのやってる講演活動なんかええなあと思う。同級生やからよ。小橋選手と行ったら面白いんやないかなと。(池上本門寺の)豆まきの時に「どんなふうにやってるんですか」みたいな話をしてて、その時は言えへんかったけど「一回ゲストで呼んでくださいよ」って(言いたかった)な。

 ――バルセロナ五輪にも出場したレスリングは

 中西 レスリングを教えることもしたい。指導というより、どっかの田舎に行って(一緒に)やってみましょうでいいと思うんやけど。

 ――引退試合後には15年に死去した母・光子さんに好きだったものを供えたいと発言。京都に帰って何と報告を

 中西 おばあちゃんもプロレス、大好きやったしね。2人には報告だけでなく、プレーヤーとしては終わったけど、関係者としてずっと携わっていきたいという誓いをしたいね。俺の人生の原動力はすべてプロレスだから。東スポ読者の皆さんにも27年間お世話になって、あんまり面白いこと言えずに申し訳なかったけど、これからもよろしくお願いします。