ライガーが明かす橋本真也との日々 カミさんと付き合うきっかけも彼の存在

2019年12月26日 11時00分

橋本戦にバトルライガーで臨んだ(94年2月24日、日本武道館)

【獣神サンダー・ライガー平成ジュニア一代記(3)】新日本プロレスの獣神サンダー・ライガーが半生を語る短期集中連載「平成ジュニア一代記」第3回は、“破壊王”の異名を取った橋本真也さん(故人)との思い出を振り返る。兄弟のように仲が良かった2人は、数々の“悪事”がファンの間でも語り草に。引退試合(来年1月4、5日、東京ドーム)を前に、あの「セミ襲撃事件」の真相を明らかにした。

 僕のプロレス人生は、なめられたくないというのが原動力なんだよね。1994年2月24日の橋本戦(日本武道館)も、ヘビー級に挑戦なんてかっこいいもんじゃなくて、ジュニアヘビー級をなめんなよって思いだけでした。ヘビーに勝てないって烙印を押されるのも嫌だったし、むしろヘビーよりも面白いところがあるんだぜってところを知らしめたかった。

 実際にあの試合はやってよかったなって思います。いわゆる「バトルライガー」ですか。コスチュームの角も全部取って、無駄がないようにした。でもライガーのイメージを壊さないように。あと脱いだ理由の一つには、コスチュームではなく生身の体で橋本の蹴りを受けてみたかったっていうのもあるんです。

 橋本とはプライベートでも仲がよかったですね。カミさんと付き合うきっかけも彼の存在があった。彼女が僕のファンっていうのを、橋本は知ってて。ちょうど福岡でオフの時に、僕が「明日、動物園に行こうと思うんだ」って話をしてたんです。そしたら橋本が「明日、あの人動物園行くらしいぞ。お前もついていっていいか聞いてみ」ってカミさんに言ったみたい。それでもカミさんが悩んでいるのを見て「好きなら電話して行けばいいじゃねえか」って背中を押したらしい。ホテルの部屋に「ついていっていいですか?」って電話がかかってきたから、僕も「じゃあ案内してください」って一緒に行ったのが最初なんです。

 僕と橋本が道場で、後輩によくいたずらをしていた? あのね、これは東スポを通して強く言いたいんだけど、僕も被害者だからね! 仲が良かった橋本と船木(優治=現・誠勝)がとにかく悪さをする。その横に常にいるから、僕が悪さをしているように言われるんだけど。まあ確かにゲラゲラ笑ってたのは認めるけど、やってたのは橋本と船木だから。

 小島(聡)の部屋に捕まえてきたセミをいっぱい放したっていうエピソードがありますけど、あれも橋本がやったのを僕は見てただけ。そういう濡れ衣が多いんですよ。止めないであおったなら共犯? 違うって! 書いといてな、濡れ衣だって。僕はめったなことでは手は出さないんだから。いろいろアドバイスはしたけど(笑い)。

(2005年7月11日に)橋本が死んで、もう14年か。あの時は泣いた。一報が事務所からきてカミさんに電話したら、わんわん泣いたね。(橋本の長男)大地とウチの子がそんなに年が変わらないこともあって、遊んだこともあった。橋本は先輩でも後輩でもなく、仲間だよ。新日本が大いに揺れた時、頑張ってたみんな、仲間だったから。もし生きてたら、あいつのことだから今も悪さやってたかもしれないよね。いろんな意味で。だから本当…早いよね。

 ☆じゅうしんサンダー・ライガー 1989年4月24日、漫画家の永井豪宅で誕生。同日の新日本プロレス東京ドーム大会(対小林邦昭)で獣神ライガーとしてデビュー。同年5月25日にIWGPジュニア王座を戴冠し、90年1月に獣神サンダー・ライガーに改名した。「トップ・オブ・ザ・スーパー・ジュニア」や「スーパーJカップ」などで優勝を飾った他、ヘビー級戦線でも活躍。平成のマット界にジュニアの一時代を築いた。正体は「山田恵一」とされる。170センチ、95キロ。