【新日本】運命の初対決 内藤が鷹木を下す

2019年08月05日 16時30分

内藤は雪崩式フランケンを鷹木(上)に見舞った

 新日本プロレス真夏の祭典「G1クライマックス」は4日、エディオンアリーナ大阪でBブロック公式戦が行われ、IWGPインターコンチネンタル王者の内藤哲也(37)が鷹木信悟(36)との「ロス・インゴベルナブレス・デ・ハポン(LIJ)」同門対決を制した。アニマル浜口ジムで切磋琢磨した同年代ライバルとの運命の初対決で“リベンジ”に成功し、逆転優勝へ弾みをつけた。

 互いの意地と意地がぶつかり合う一戦となった。再三にわたり鷹木の首折り弾を浴びた内藤だったが、ラスト・オブ・ザ・ドラゴン(変型ドライバー)をカナディアンデストロイヤーで切り返し形勢逆転。コリエンド式から正調のデスティーノで熱戦に終止符を打ち「何とか踏みとどまったでしょう。他力本願だけどね」と笑みを浮かべた。

 10代から切磋琢磨した間柄。格闘技経験のない内藤は、柔道経験者で浜口ジム内のエリートだった鷹木の後塵を拝した。2004年3月、ひと足先に鷹木のドラゴンゲート入門が決定。最後のスパーリングで負けた内藤は寄せ書きの色紙に「借りは必ず返す」と書いた。「レスラーになる前から嫉妬の対象。こいつを超えないとレスラーになれないと思ってたから、仲良くしても仕方なかったし。プロになってから昭和57年会(同年代のレスラーの会合)で一緒になってますけど、鷹木とはあんましゃべってない。自分に自信が持ててなかったんでしょうね」と内藤は語る。

 LIJ結成を機にトップレスラーの仲間入りを果たすが、鷹木への“苦手意識”は消えなかった。最後に顔を出した17年1月の昭和57年会では周囲の「鷹木もいつかLIJに」という世間話で盛り上がったが、内藤は仏頂面で「いやー、ないかな」と拒絶した。

 だが18年10月、高橋ヒロムの長期欠場に直面したユニットの起爆剤として、鷹木に白羽の矢を立てた。「あの時はLIJにとっても僕自身にとっても、より上に行くために『一歩踏み出す勇気』が必要だった。だからこそ『いつかは』とずっと思っていた鷹木しかいなかった」。ジェラシーから背を向けてきた男と、正面から向き合う決断をした。ついに実現した初対決は、内藤にとってレスラー人生の分岐点とも言える試合だったのだ。

 これで4勝3敗の勝ち点8とし、優勝戦線に生き残った。「彼からの勝利が、ものすごく価値のあることだと知っているからね。これを無駄にしないためにも、あと2試合、全力で戦いますよ」。特別な相手からの1勝で、制御不能男に追い風が吹きそうな気配だ。