【新日本】中邑真輔 8度目出場で悲願のG1初制覇

2019年08月02日 16時03分

内藤(上)に渾身のジャーマンを決める中邑

【プロレスPLAYBACK(2011年8月14日)】新日本プロレス真夏の祭典「G1クライマックス」は、日本各地で熱戦が繰り広げられている。

 今から8年前の8月14日には現在、WWEで活躍する中邑真輔がG1を初優勝。実に8度目の出場で悲願達成だった。優勝決定戦の相手は「ロス・インゴベルナブレス・デ・ハポン」結成前の内藤哲也。意外にも中邑はこれが最初で最後のG1制覇となった。

「中邑はこの日の最終公式戦から、休養がわずか1試合分の過酷な試合条件も影響して大苦戦。変型レッグロックなど、序盤から左ヒザへの集中砲火を浴びてペースを握れない。15分過ぎには初公開された内藤の新技、エボルシオンの餌食となった。それでもフライングフォアアームを両ヒザで迎撃して、ランドスライドの体勢からヒザで内藤の首を破壊すると、最後はボマイェで真夏の激闘に終止符。試合後はあのクールな男が『ありがとうという言葉しか思い浮かばない』とリング上で言葉を詰まらせた。中邑は9月の神戸大会で棚橋弘至のIWGPヘビー級王座に挑戦が決定。さらには東京スポーツ新聞社主催の東日本大震災復興支援チャリティー大会『ALL TOGETHER』(8月27日、日本武道館)を契機に年内のメジャー3大王座総取りを狙う」(抜粋)

 新日本は「冬の時代」を経て、ようやく中邑と棚橋を中心とした「V字回復」の時期に入り始めていた。両国国技館での最終戦は3年ぶりに超満員札止め(1万1500人)を記録した。中邑は9月のIWGP奪取こそならなかったが、翌年7月にIWGPインターコンチネンタル王座を獲得するや、水を得た魚のようにベルトを自分の色に染め上げて独自のスタイルを確立させた。

 中邑初優勝の翌年(12年)にはオカダ・カズチカが初出場優勝の快挙を達成。そのオカダは現在、史上3人目となるIWGP王者によるG1制覇に向かっている。いつの時代もG1は、大きな変化をもたらす真夏の転換期であり続ける。