【新日本】世代交代の先陣となった野人・中西のG1制覇

2019年07月04日 16時37分

武藤(上)を豪快なジャーマンで投げる中西

【プロレスPLAYBACK=1999年8月15日】新日本プロレス真夏の祭典「G1クライマックス」史上初となる米国での開幕戦(テキサス州ダラス)が、6日(日本時間7日)に迫った。1991年の第1回大会から28年の歳月を経て、大会形式も参加選手も大きく変わった。闘魂三銃士(蝶野正洋、武藤敬司、橋本真也)の後を継いだ「第3世代」は2017年大会に出場した永田裕志(01年優勝)、小島聡(10年優勝)を最後に、完全にG1の舞台から撤退した。20年前の99年8月15日、野人こと中西学が第3世代で最初のG1制覇を達成。本紙は1面で報じている。

「野人のパワーが王者の技を制した。G1クライマックス優勝戦はBブロックを勝ち抜いた中西と、Aブロック代表者決定戦で永田との死闘を制して進出した武藤が激突。中西は武藤の殺人フルコースに苦しむも、超人的なパワーを発揮して14分43秒、十八番のアルゼンチンバックブリーカーで武藤の口から『ギブアップ』を奪った。

 中西の話=うれしい。夢のようだ。思えば7年前、バルセロナ五輪を終えてプロレスに転向した。常に不安は付きまとったが、今回の初優勝でプロレスしかないと確信した。3度目のG1は原点に戻ることだけを考えた。次は武藤のIWGP王座、永田と組んでIWGPタッグ王座の3冠王を狙いたい」(抜粋)

 中西が世代交代の先陣を切ると永田が2年後に初優勝した。猛牛こと天山広吉は、史上2位タイとなる3度の優勝(03、04、06年)を達成。第3世代が最も輝いた時代だ。野人はなかなかIWGP王座に手が届かなかったが、G1初制覇から約10年後の09年5月に初戴冠という離れ業をやってのけた。

 G1から撤退したとはいえ、11年6月には「中心性脊髄損傷」の重傷を負い、再起不能とも言われながら、翌年10月には492日ぶりに復活を果たした奇跡の人だ。17年1月には49歳11か月にしてNEVER無差別級6人タッグ王座奪取の快挙も達成している。まだまだ独特の野人ファイトを貫いてほしい。