日本最古のベルト 全日「アジアタッグ王座」の歴史

2020年05月30日 11時00分

力道山と豊登(右)がアジアタッグの価値を高めた

【プロレスPLAYBACK(1960年6月2日)】日本最古のベルトであるアジアタッグ王座は全日本プロレスが管理し、第109代王者に木高イサミ、宮本裕向組が就いている。力道山、ジャイアント馬場、アントニオ猪木も巻いた由緒ある王座だが、初代王座決定戦(1955年11月16日)でキング・コング、タイガー・ジョキンダー組が王者に認定されながら解散。約4年半も防衛戦が行われなかった。

 今から60年前の1960年6月2日には大阪府立体育会館で復活王座争奪戦(4チーム参加)が行われ、6月1日発行の本紙では1面で争奪戦の予想を展開している。当時の日本プロレスに存在した国際的王座はインターナショナルヘビー級とアジアヘビー級のみで、戦後からまだ15年の日本では、いかにベルトが貴重だったかが分かる。

「プロレスリング第2回ワールド・リーグ戦に続き、6月2日の大阪大会では力道山、吉村道明組をはじめ選抜された4組により『アジアタッグ選手権争奪戦(60分3本勝負)』が行われることになった。どの組に凱歌が上がるのか実力を検証しよう。日本からは力道山、吉村組、豊登、遠藤幸吉組、外国人組はフランク・バロア、ダン・ミラー組、サニー・マイヤース、グレート東郷組が選ばれた。

 まず力道山の実力は数々の戦歴ではっきり分かる。かつて遠藤とのタッグでシャープ兄弟からタッグ世界選手権を奪ったこともある。ただ吉村が力道山に比べると弱体で、どうしても狙われることになりそうだ。外国人組はマイヤース組が実力的に上。バロア組は2人とも名うてのラフファイターで、反則も平気と暴れまわるだろう。組み合わせは力道山組とマイヤース組、豊登組とバロア組で、この勝者同士が決勝でぶつかり、アジアタッグ選手権のタイトルを手にする。4チームとも好調で優勝の行方は混沌としている」(抜粋)

 結局、力道山組対バロア組の決勝戦は、本紙予想通り吉村が集中砲火を浴びて2本を取られた末、2―1でバロア組が勝利。第2代王者となった。日本国民の落胆を証明するように、この試合の記事は小さく扱われたのみだった。しかし力道山は豊登をパートナーに代え、5日後の7日愛知・名古屋市金山体育館で王者組に挑戦。力道山が空手チョップで嵐の猛攻を見せ、2―0でストレート勝ち。第3代王者となった。以降、同王座は日本プロレスの看板王座として定着。力道山組は62年2月まで12回の連続防衛に成功した。

 力道山はその後も3度、同王座に君臨。インターナショナル王座とアジアタッグ王座を保持したまま63年12月15日、不慮の死を遂げる。巨星が落ちた後、王座は豊登、吉村組から馬場と猪木の時代を経て、現在へと引き継がれている。(敬称略)