鶴田 レイスとのNWA世界戦で60分時間切れ引き分け

2020年01月26日 16時30分

レイス(上)をフロントスープレックスで投げる鶴田

【プロレスPLAYBACK(1978年1月20日・帯広)】「ケンカ最強伝説」を持つ昭和の名レスラー、ケンドー・ナガサキ(享年71)が12日に死去した。海外で日本人悪役レスラーの座を確立したのは、1976年4月に全日本プロレスへ移籍した後だった。同年10月には相撲から転向したミスタープロレス・天龍源一郎の海外武者修行に同行。「ミスター・サクラダ」として北米から南米にかけて悪名をとどろかせた。

 78年7月8日にはカナダで“美獣”ことハーリー・レイスのNWA世界ヘビー級王座に初挑戦して惜敗。そのナガサキより半年早く同王座に挑戦したのが、当時同門だったジャンボ鶴田だ。レイスは直後に米フロリダ州のマイアミでWWWF(現WWE)世界ヘビー級王者との統一戦を控えており、絶対に負けられない一戦だった。

 レイス対鶴田のNWA王座戦は78年1月20日大寒の日、くしくもナガサキの故郷、北海道・網走市から車で約3時間の帯広市総合体育館に5000人の大観衆を集めて行われた。60分3本勝負は1―1のタイの後、決勝ラウンドへ突入した。

「肌を刺すような寒風が吹きつける帯広の町。だが会場はすさまじい熱気が充満していた。わずか2日前には師匠ジャイアント馬場が2―1で勝ちながら、反則裁定に持ち込んだレイスの巧妙な作戦にしてやられたばかり。鶴田にかかる期待は高まった。1本目は28分10秒にブレーンバスターでレイスが先制。2本目は16分30秒に鶴田が首固めでタイに持ち込み、迎えた3本目。時間がない鶴田はフロントスープレックス2連発。レイスも体当たりから鶴田の急所に頭突き。「残り2分!」。大歓声が渦巻く場内にアナウンスが流れる。両者リングに落ちるも、鶴田がロープ越しにブレーンバスターからネックブリーカードロップ。さらにネックブリーカーの追い打ち。ここで王者はロープをつかんで大ピンチを逃れた。鶴田はスピニングトーホールドの連発。「鶴田、行けるぞ!」の大歓声――しかしその直後、非情のゴングが乱打されて時間切れ引き分け。鶴田の王座奪取はならなかった」 (抜粋)

 王座を死守したレイスは1月25日、WWWF王者スーパースター・ビリー・グラハムと統一戦を敢行。こちらも?分時間切れ引き分けに終わった。レイスはボブ・バックランドとの2回を含め、合計3回も統一戦を行う偉業を樹立した(いずれも王座移動はなし)。鶴田とナガサキが初挑戦した同年はまさに全盛期だった。翌年10月31日愛知県体育館では、レイス3度目の王者時に馬場が通算2度目のNWA王座戴冠を果たしている。改めて振り返ると、文中の登場人物はいずれも一時代を築いた超スーパースターばかりである事実に驚かされる。ナガサキの強さが本物だったことは歴史が証明している。(敬称略)