Japanese Dreamつかんだ男 ケニー・オメガの軌跡

2016年11月04日 16時30分

1・4ドーム権利証を手に、ケニーは波乱万丈の人生を激白した

 新日本プロレス、真夏の祭典「G1クライマックス」で史上初めて外国人として優勝者となったケニー・オメガ(33)が、来年1月4日東京ドーム大会でIWGPヘビー級王者オカダ・カズチカ(28)に挑戦する。2008年、DDTに初来日してから8年。カナダから単身海を渡りジャパニーズドリームをつかんだ男は、ついに日本プロレス界最高峰の舞台にたどり着く。その軌跡に迫った。

 

 ――プロレスとの出会いは

 

 ケニー 5歳の時かな。(当時WWFの)アルティメット・ウォリアーが好きで、スーパーヒーローだと思っていた。将来はプロレスラーか、アイスホッケー選手か、ニンジャ・タートルズのどれかになりたかった(笑い)。10歳のころにはよく友達とバックヤードレスリングをやっていたよ。

 

 ――18歳でプロレスデビュー。米国のWWE傘下団体にも在籍したが、2007年に退団した

 

 ケニー:良くない経験だった。名前も技も、自分のキャラクターも認めてもらえなかった。やりたいことをできない。そんなプロレスでおカネをためても、本当の自分じゃない。辞める際にWWEのスタッフに「今の自分に何もないことは分かっている。でもいつかプロレスの世界で、私は自分がベストであることを証明してみせる」と言って別れたんだ。

 

 ――一度は辞めようとした時期もあった

 

 ケニー:柔術をやったりして格闘技にも興味があった。本当に迷っていて、そんな時に(米国で)プロモーターから「AJスタイルズとシングルをしてくれないか」と言われたんだ。その試合がすごく楽しくて、もう一度やろうと。もしAJがいなかったら、本当にプロレスを辞めていたかもしれないね。

 

 ――08年にDDTで念願の初来日を果たした

 

 ケニー:日本に来ることはずっと夢だった。文化も好きでアストロボーイ(鉄腕アトム)もセーラームーンも見ていたしね。本当にいたい場所が見つかった気分だった。WWEにいたときはプロレスは嫌いな仕事という感覚だったのに、日本では試合中も試合後も感動することだらけだった。

 

 ――飯伏幸太とのタッグ「ゴールデン☆ラヴァーズ(GL)」が飛躍のきっかけだ

 

 ケニー:そうだね。ただ、何だろう。今となってはあれはゴースト…だったのかな(苦笑)。

 

 ――14年に主戦場を新日本に移す決断をした

 

 ケニー:イブシが(IWGP)ジュニアを取ったとき、俺もそのベルトに触りたかった。でも触れない。このままではシングルプレーヤーとして大きな勲章を取れないと思った。正直、GLの時は楽しかったけど、もっと自分の名前の価値を上げたかった。「GLはすごくいいチーム。でもイブシのほうが強い」という声を聞くのはつらかったんだ。

 

 ――お互いに認め合った関係だった

 

 ケニー:そう。でも大きな試合を任せられるのはイブシ。次のチャンスもイブシ。その次も…。GLでいる限り、ずっと同じ状況が続くと思った。私がカナダ人だからそうなんだと思いたくはない。つらくても、自分が成長するためには(飯伏とは)離れたほうがいい。バレットクラブで、一から新しい自分でやり直そうと思ったんだ。

 

 ――AJや中邑真輔がWWEに移籍した今年1月のヘビー級転向が本当の意味での転機になった

 

 ケニー:新日本の中でさえ「ヤバイぞ、もう無理かもしれない…」。本当にそう言ったヤツがいたんだ。でも俺は全然大丈夫だと思った。新日本はまだ世界のベストを見せてはいない。それは俺だ。

 

 ――2月にIWGPインターコンチネンタル王座を戴冠、8月には外国人として初めてG1を制覇した

 

 ケニー:G1はキャリアの中でもベストパフォーマンスが見せられた。今年の自分は、全部のビッグマッチで高いクオリティーを残し、成功を収められたと自負しているよ。

 

 ――あなたにとって1・4東京ドーム大会はどんな舞台か

 

 ケニー:プロレスの「ヴァルハラ」(神話上の宮殿の意)と言ったらいいのかな。伝説の戦士しか入れない場所だ。遠すぎる夢だったけど、そこに立つにふさわしいレスラーになったとも思う。

 

 ――ドームで勝ったら日本で全部の夢がかなってしまうのでは

 

 ケニー:全部じゃない。まだ日本でやるべきことは、いくつもあるはずだ。

 

 ――タイガーマスクWの動向も気になるし…

 

 ケニー:ハハハ! クレージーな質問をするヤツだ。でもベルトを取ったらきっとまた新しい夢が見つかるはずさ。

 

 ――ドーム決戦にはカナダから両親が初めて日本での試合を見に来る

 

 ケニー:今一番つらいのは、日本で忙しくなりすぎてしまい、年を取った両親と過ごす時間が減ってしまったことだ。最初は反対していた母親も、俺が8年間やってきたことを認めてくれているし、日本で試合を見てもらえるのはすごく楽しみなんだ。

 

 ――WWEを辞めた時の言葉が、現実になろうとしている

 

 ケニー:新日本は去年よりも今年のほうが世界のマーケットをアタックした。世界中のファンが見るドームで、俺がベストだと、もう一度証明する。東京スポーツには念押ししておくけど、間違いなく俺が今年のMVPであり、ベストバウトマシンだからな。それじゃあ、グッバイ・アンド・グッナイ!

 

☆ケニー・オメガ 1983年10月16日生まれ。カナダ・マニトバ州出身。2002年7月にプロデビュー。北米の団体を渡り歩き、08年、DDTに初来日。飯伏幸太とのタッグでブレークし、10年のプロレス大賞でベストバウト(VS田口隆祐、プリンス・デヴィット組)を受賞。14年に新日本に移籍。16年は極悪外国人軍「バレットクラブ」のリーダー就任とともにヘビー級転向。2月にIWGPインターコンチネンタル王座を戴冠。8月には外国人選手として初のG1クライマックス覇者に輝く。必殺技は片翼の天使。183センチ、92キロ。