新日本プロレス「G1クライマックス」12日の後楽園大会でBブロック公式戦が行われ、本間朋晃(38)が石井智宏(39)から悲願の初勝利を挙げた。昨年大会から数えG1ワースト記録を更新していた連敗をついに「17」でストップ。耐えがたきを耐え、不屈の闘志でリングに立ち続けた本間を支えた思いとは。「奇跡の1勝」の裏舞台に迫った。

 ついにその瞬間が訪れた。石井の猛攻を耐えた15分過ぎ、本間はコーナー上からのこけしロケットを発射。最後は正調こけしをヒットさせ、3カウントを奪ってみせた。「多賀竜の平幕優勝」「楽天イーグルスの日本一」に匹敵する奇跡を目撃した後楽園の観衆からは、割れんばかりの本間コールが巻き起こった。

 初出場の昨年大会から数えて通算17連敗はG1ワースト記録。滑舌の悪さでブレークする一方で、ふがいない成績で批判も受けた。ファンから団体に届いた「こんなに弱いならテレビに出るな」「テレビに出るヒマがあったら練習しろ」という内容のメールを目にしたこともある。「そういう声は結構耳にも入ってたんですが、そのたびに『見てろよ』という気持ちになった」(本間)

 何があっても諦めなかった理由は、誰よりも新日本のリングに上がれる誇りと喜びを知っているからだ。

 2012年3月、本間は「プライベートな理由で試合を急きょ欠場」したことで団体から所属契約を解除された。「一度退団して、もう二度と上がれないと思った。私生活でも何をやってもつまらなくて、あの時初めてプロレスを辞めようかと考えた」。レスラーとして最高の舞台に立つ機会を自らの責任で失ってしまった。自分のいない新日プロをテレビ中継で見るたび、本間は一人泣いた。

 再参戦がかなったのは1年後の13年3月。練習熱心な人柄を知る多くの関係者が、復帰を後押ししてくれたのだ。自分はこの場所でしか生きられない。その信念で、何度負けても立ち上がってきた。現在も本間はフリーの立場で参戦しているが「いつかはまた(契約を)という気持ち」と再び所属選手として活動する希望も持っている。

 優勝争いはとっくの昔に脱落し、歌手・華原朋美(40)へのプロポーズ計画も夢と消えた。それでも雑草男の執念が実を結んだ1勝は、G1の歴史の一ページに確実に刻まれた。