急逝のローデスさん 猪木との“日米ドリームタッグ”

2015年06月21日 16時00分

ハンセンの左腕にエルボーを落とすローデスさん(右)。左は猪木

【お宝写真館】“アメリカン・ドリーム”のニックネームで一時代を築き上げた元NWA世界ヘビー級王者のダスティ・ローデスさんが11日(日本時間12日)に急逝した(享年69)。くしくもウエスト・テキサス州立大学アメリカンフットボール部の後輩である“不沈艦”スタン・ハンセン氏(65)が、ノア「三沢光晴さんメモリアルツアー」参加のため、来日中の訃報だった。

 

 両雄は1970年代末から新日プロで同時期に参戦している。格は上だったがオーバーアクション気味のエルボードロップとコミカルな尻振りダンスを得意とするローデスと、“ブレーキの壊れたダンプカー”と称されて猛突進ファイトを身上としていたハンセンとは、お互いが水と油のような存在だった。

 

 それでも2人の隠れた名勝負として語り継がれるのが、第1回MS・Gタッグリーグ戦(優勝はアントニオ猪木&ボブ・バックランド組)追撃戦として開催された“ドリームタッグ戦”だ(1980年12月13日、東京体育館)。

 

 当時ではまさかと思われた“狂虎”タイガー・ジェット・シンとハンセンの緊急合体が実現。猪木&ローデスの“日米ドリームコンビ”と激突したのだ。

 

 当然、シンが猪木とローデスを凶器攻撃で大流血に追い込む。ハンセンはハンセンでローデスの後頭部へラリアートをブチ込むなど、もうメチャクチャだ。

 

 猪木が鬼の形相でシンに制裁を加えると、ローデスはハンセンの左腕にエルボーをブチ込む。試合は20分46秒に両軍リングアウトで幕となったが、4人はいずれも当時が全盛期。

 

 見ているほうは結果などどうでもよくなるような、まさに“夢のタッグ戦”だった。

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