【訃報】阿修羅原さん死去 ラグビー世界選抜メンバーからプロレスへ

2015年04月28日 17時37分

後にタッグを組む天龍(左)と名勝負を展開した阿修羅原さん

 元プロレスラーの阿修羅原さん(本名・原進)が28日午前5時15分、長崎・諫早市内の病院で肺炎のため死去した。68歳だった。

 

 原さんはラグビー選手として長崎・諫早農高から東洋大、近鉄に進み6年間、日本代表として活躍。1976年には日本人として初めて世界選抜メンバーに選ばれた(左プロップ)。77年にプロレスに転向して国際プロレスに入団。78年6月26日、大阪府立体育会館の寺西勇戦でデビュー。その直後に海外へ武者修行に出て翌年に帰国し、作家・野坂昭如氏から「阿修羅」のリングネームを命名された。

 

 79年にはWWU世界ジュニア王座奪取。81年の国際プロ崩壊後は全日本へ戦場を移す。“ヒットマン”の異名を取り、87年から天龍源一郎とタッグを結成。当時では革命的だったゴツゴツとしたプロレスを展開して「天龍同盟」と呼ばれ、一時代を築き上げた。

 

 その後、2年のブランクを経て91年に天龍のSWSで復帰。94年10月に故郷・長崎で引退試合を行った。マットに上がったのは2001年5月のFMW川崎大会で天龍―冬木弘道戦のレフェリーを務めた時が最後だった。近年は心筋梗塞を患って闘病生活を送っていたという。

 

 得意技はヒットマンラリアート。全盛時は183センチ、125キロ。

 

 29日午後7時から長崎・諫早市のJAながさき県央協同社小野斎場で通夜、30日午後1時から同所で葬儀・告別式が営まれる。喪主は妹の山田咲子さん。

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