宙を舞う巨体…馬場が32文ロケット砲を日本初公開

2015年02月01日 16時00分

ダフィ(左)を一撃でKOした馬場の32文ロケット砲

【お宝写真館】日本プロレス史上最も美しいドロップキックを放った選手は誰か。答えはひとつ。全盛期のジャイアント馬場である。写真は馬場が日本で初めてドロップキック=32文ロケット砲を公開した瞬間だ(1965年3月26日、東京・渋谷のリキパレス)。

 

 跳躍力や手足のバランスなどすべてにおいて満点の一撃。209センチ、145キロの巨体が宙を舞う姿は、もはや芸術品と言ってもいい。2メートル吹っ飛んだ相手のドン・ダフィは一撃でKOされた。翌日の本紙1面では「馬場新兵器人間ロケット」の大見出しとともにこの写真が掲載されている。この試合は「プロレス国際戦、日・米・ソ勝ち抜きバトルロイヤル 馬場帰国第一戦」と銘打たれ、リキパレスに3000人超満員の観衆を集めて行われた。当時の日本プロレスは創設者・力道山の死から2年目を迎えており、馬場への期待は大きかった。馬場は2月1日から米国・ロサンゼルスへ遠征。WWA地区をサーキットし40戦38勝2分けの成績で帰国した。

 

 試合の合間には現地のLAACジムへ通い、後のWWWF王者ペドロ・モラレスの指導を受けながら、ドロップキックの練習に励んだという。米国では3試合で“試運転”し、この日が4回目だった。

 

「柱にバスケットのボールをつるし、その下にマットを敷いて練習をしてきた。50回目ぐらいまではうまくできなかったが100回目から完璧になった。タイミングの取り方や体のひねり方はモラレスのアドバイスがあった。これからも臨機応変に使っていく」と馬場は語っている。

 

 勢いをつけてジャンプしてから、両腕を大きく広げ、飛行機のようなフォームで両脚を揃え、顔面に打ち下ろす。現在では新日本プロレスの元IWGP王者オカダ・カズチカが打点の高い美しいドロップキックを使っているが、やはり209センチの馬場の一撃には及ばない。「金が取れる」ドロップキックの元祖である。

 

 馬場はこの年の11月にディック・ザ・ブルーザーとの王座決定戦を制してルー・テーズ、力道山に続く第3代インターナショナル・ヘビー級王者となり、本格的な黄金時代を築く。くしくも31日には十七回忌を迎え、同日には秋山準率いる新生・全日本プロレスが後楽園ホールで「ジャイアント馬場追善興行」を行った。