髙山激白「なぜ俺が電流爆破マッチにハマったのか」

2014年11月22日 16時00分

電流爆破への思いを語った高山

 マット界の帝王・髙山善廣(48)が、「ノーロープ有刺鉄線電流爆破マッチ」の魔力にとりつかれた理由を本紙に激白した。邪道・大仁田厚(57)に尊敬の念を抱く髙山は、今年に入って6試合の電流爆破戦を経験。新日本プロレスや全日本プロレスで頂点を極め、総合格闘技のリングにも上がった帝王は、なぜ“禁断の領域”に足を踏み入れたのか――。

 

 ――単刀直入に聞くが、なぜ電流爆破のリングに上がるのか。昨年10月14日の「越後大花火」(新潟・朱鷺メッセ)で初めて出場し、今月3日の「火乃国大花火」(グランメッセ熊本)で8試合目だ

 

 髙山:単純だよ。ジグソーパズルの最後に残ったピースが電流爆破だっただけ。これをやらずして、マット界を制圧したとは言えないなって。

 

 ――ピースが足りないと感じたのはいつ

 

 髙山:まず、マット界でやり尽くしたと思ったのが3冠ヘビー級王座を取った時(2009年3月14日の全日本プロレス両国大会)。メジャー団体の全タイトルを取って、そろそろレスラーとして潮時かなとも思った。でも、何かあるかもしれないからリングに上がり続けていたら、大仁田厚がいたんだよね。

 

 ――大仁田との初遭遇は12年12月9日のノア両国大会。電流爆破戦を初めて生で見たのは昨年8月31日の「横浜大花火2013」(横浜文化体育館)だ

 

 髙山:正直、バカにしていた部分があったけど、これはすげえって。人間がゴジラみたいに爆発する怪獣映画だと思った。もともと俺がプロレスを始めたのは、怪獣の戦いが好きで、それが人間同士の戦いに移行したようなもの。そこに戻った感じかな。俺はあのリングでゴジラになりたいと思ったんだ。

 

 ――昨年10月の越後大花火で念願がかない、魅力にとりつかれた

 

 髙山:最初は本当に怖かった。いつも応援に来てくれる小学3年生の子供がいるんだけど、俺を見て「死んじゃう!」って泣いた。それは大人でも一緒。ヤベえと思わせるものがある。あのリングでは大仁田厚こそ帝王。乗り越えないと、俺が帝王と名乗って引退できないから、負けても負けても上がった。

 

 ――3日の試合後に大仁田と共闘を誓い合った

 

 髙山:まだタッグで1勝しかしてない。オッサンを超えられないと思ったから、懐に飛び込むのも手かと。ハルク・ホーガンがアントニオ猪木のパートナーになって盗み、その後に失神KOさせたようにね。

 

 ――大仁田は還暦の引退に向けて後継者を探している。候補の一人が髙山選手だ

 

 髙山:与えられるものじゃなく、奪い取りたいね。それはやらなきゃいけないこと。あれは世紀の大発明だから、なくしちゃいけない。電流爆破と出会ってなければ、俺はリングからいなくなったかもしれない。フランケンシュタインが電気ショックでよみがえるように、帝王を電流爆破ショックでよみがえらせてくれた。

 

 ――最後のピースが埋まった時、どうなるのか

 

 髙山:それは大仁田厚を超えた時ではないし、超えられないかもしれない。だけど、力道山さんや馬場さん、猪木さん、いろんな先輩たちが確立したものと並んで俺を打ち出せるかもね。

 

 ☆たかやま・よしひろ 1966年9月19日生まれ、東京都墨田区出身。UWFインター、1992年6月28日博多大会の金原弘光戦でデビュー。その後はキングダム、フリーを経て99年に全日プロに入団。分裂後はノアに移籍するが、2001年から再びフリーになり、PRIDEにも参戦した。02年にノアのGHCヘビー、03年には新日プロのIWGPヘビーを獲得。04年8月に脳梗塞で2年間欠場するも、復帰後の09年に3冠王者になり、3大主要団体のシングルとタッグをすべて獲得した。196センチ、125キロ。