前田氏、鈴木みのるがナイマンさん追悼

2014年11月07日 20時00分

ラストファイトの相手となったみのる(右)から健闘をたたえられ大「ナイマンコール」が巻き起こった(2013年3月)

 リングス・オランダの中心選手として1990年代に活躍した格闘家ハンス・ナイマンさんが5日(日本時間6日)、母国オランダで「射殺」される衝撃事件が起こった。55歳だった。現地の複数メディアが伝えたもので、何らかのトラブルに巻き込まれたものとみられる。リングス総帥でナイマンさんを日本に呼んだ格闘王・前田日明氏(55)、そして最後の対戦相手となった性悪男・鈴木みのる(46)はそれぞれの立場からショックを語るとともに哀悼の意を表した。

 複数の現地メディアによると、ナイマンさんはオランダ・ベーフェルウェイクにある「トップ・チーム・ジム」の前で自家用車に乗っていたところを何者かに銃で撃たれて亡くなった。犯人はまだ逮捕されていない。

 オランダでは2005年8月にも、日本でも活躍した元空手家でキックボクサーのピーター・スミットさん(享年43)が射殺される事件が起きており、裏社会のトラブルに巻き込まれた可能性が強い。ナイマンさんはここ数年はジムで後進の指導に専念。指導者としての評価と地位を確立させていた矢先だけに、あまりに無念な最期となった。

「驚きだよね。ビックリ。詳しいことはよく分からないけど7~8年前に(格闘技イベントの)HERO’Sでオランダに行った時に会って、格闘技のトレーナー、ジム経営一本でやっているって聞いた。昔はバウンサー(用心棒)として良くも悪くも優秀すぎて、トラブルがあったりすると命を狙われたりしてたけど、そういうのも彼は誇りにしていたからね」と前田氏は沈痛な表情で語った。

 さらに前田氏は「10年以上も前のことが今になってとは考えられないし(面倒を見ている)選手のことを守ろうとして何かに巻き込まれたのかもしれない。そういう周りのことをよく考える男だった。(トラブルの)相手(=犯人)としては殺すしかないんだよ。そのくらいの誇りを持ってたやつらの集まりだったよ、リングス・オランダは」とリングスの結束力とナイマンさんの“潔白”を主張した。

 伝統派空手出身のナイマンさんは数々の大会で優勝を誇り、前田氏が見いだす格好で1991年12月7日の有明コロシアム大会の佐竹雅昭戦でリングスデビュー(結果は引き分け)。その後はクリス・ドールマン率いるリングス・オランダの中心選手としてディック・フライらとともに多くの名勝負を生んだ。

「ナイマン蹴り」と呼ばれる独特の2段蹴り(ミドルキックの体勢から脚を伸ばして後頭部を狙う)で対戦相手を恐れさせた。95年の前田戦(大阪府立体育会館)は、格闘王をKO寸前に追い込んだ名勝負だった。

 96年にはリングスの公式ランキング2位まで浮上。同年9月には当時リングスに大旋風を巻き起こしていた極真会館出身の1位ビターゼ・タリエル(グルジア)とランキング戦で頂上対決。惜しくも敗れたが、200センチの巨漢を相手に堂々の勝負を展開した。タリエルはこの2年後にリングス無差別級王座を手にしている。

 2000年1月にはPRIDEにも出場して藤田和之と対戦。昨年3月には金原弘光引退興行(後楽園ホール)で鈴木みのると対戦。約8年ぶりの実戦となったが2R1分52秒、アキレス腱固めで敗れた。それでも全身から放たれる“殺気”は、全盛期を思い起こさせるほどだった。くしくも“最後の相手”となったみのるは、この日の新日本・大阪大会終了後「俺と試合したときはセミリタイアみたいな状態だったけど、20年くらい前の初期のリングスで、あんな怪獣みたいな選手とやってた日本人選手はすごいと思ったよね。ブランクも感じさせなかった? そうだね。プロのファイターなんだなと思った」とナイマンさんを“怪獣”になぞらえて、敬意を表した。

 さらに、みのるは「オランダはジム同士のイザコザとかもあるみたいだけど、そういう環境で強い選手が生まれてくるんだろうね。平和に暮らしてる日本人とは根本的な違いがあるね。もちろん日本には日本のよさがあるんだけど。やっぱりショックだよね。ありきたりな言葉になってしまうけど、安らかに。ご冥福をお祈りします」と静かに目を閉じた。日本マット界にとっても功労者であるナイマンさんの突然すぎる死。一刻も早い事件の解決が待たれる。

☆ハンス・ナイマン=1959年9月23日、オランダ出身。幼少のころから伝統派空手を学ぶ。オランダ全国大会優勝15回、欧州選手権優勝2回の実績を誇った。レスリング(フリースタイル)も経験し、総合格闘家としての下地を築く。91年12月にリングスデビュー。総帥クリス・ドールマン率いるリングス・オランダの番頭的存在だった。タイトルとは無縁ながらランキング最高位2位。2000年1月にPRIDE参戦。その後は母国で後進の指導に当たる。昨年の鈴木みのる戦がラストファイト。183センチ、112キロ(全盛期)。