時代の変革を告げた「藤波 悲願の猪木越え」

2014年11月09日 18時02分

猪木(上)にドラゴンスープレックスを見舞う藤波。悲願の猪木超えを果たした瞬間だ

【タッグリーグ名勝負5選(3):衝撃度No.1】

▽新日本・IWGPタッグリーグ戦・優勝決定戦(1985年12月12日、宮城県スポーツセンター)藤波辰巳、木村健吾組―アントニオ猪木、坂口征二組戦

 時代の変革を告げた一戦だった。ドラゴン・藤波が初めて師匠の猪木からフォールを奪った一戦だ。しかしその裏には動乱の時期を物語るかのようなショッキングな事件があった。優勝戦進出を決めていたブルーザー・ブロディがパートナーのジミー・スヌーカとともに試合をボイコット。一方的にキャンセルしてしまったのだ。

 この緊急事態を受けて新日プロ側は急きょ同点2位だった猪木、坂口組対藤波、木村組を優勝決定戦に変更。マイナスを補ってあまりあるカードだった。藤波は徹底した足殺しに出て、足4の字固めはトータル数分間にも及んだ。そしてオキテ破りの卍固め。スリーパーやナックルパートなど当時の猪木の得意技を食らいながらも、師匠を肉体的、精神的に追い込む。そして30分を超える激闘にピリオドを打ったのは必殺の飛龍原爆固め。藤波は感極まった表情で勝者のコールを受けた。

「次はシングル戦で」と絶叫した藤波だったが、その機会は88年8月のIWGPヘビー級戦(王者は藤波)を待たねばならなかった。結果は時間切れ引き分けで、結果的に猪木を超えられたのはこの一戦だけということになる。

 しかしブロディ騒動とも重なって衝撃は相当なもので、本紙は「世代交代完遂と性急に結論は出したくないが、この日の藤波は、すべての面で猪木を上回っていたことは確かだ」と報じている。くしくも同日には日本武道館で全日プロが世界最強タッグ優勝戦を開催。タッグリーグ戦優勝戦が同日開催されるのは史上初めてで、両団体の緊張がピークに達していた時期だった。最強タッグはハンセン、デビアス組が初優勝を飾っている。