史上最強の超獣コンビが鶴龍を粉砕

2014年11月09日 18時01分

優勝トロフィーをかざすハンセン(左)とブロディ

【タッグリーグ名勝負5選(2):最強度No.1】

▽全日本・世界最強タッグ決定リーグ戦公式戦(1983年12月12日、蔵前国技館)スタン・ハンセン、ブルーザー・ブロディ組―ジャンボ鶴田、天龍源一郎組戦

 史上最強の“超獣コンビ”が初優勝を飾った一戦だ。新日プロの外国人トップだったハンセンは81年の最強タッグ決勝戦に乱入してブロディを援護。大騒動を起こした上で翌年に全日プロへ移籍した。新日プロのブッチャー引き抜きに端を発した両団体間の“引き抜き戦争”がヒートアップしていた時代だ。

 3チームがもつれ込んで迎えた最終戦。超獣コンビは当時日本人トップの鶴田、天龍組と対戦。勝ったほうが優勝とあって両軍開始早々から攻め込む。後に3冠王座をめぐって歴史に残る激闘を展開する鶴龍コンビは、小刻みな攻撃でスタミナを奪いにかかる。10分過ぎには鶴田がブロディ、天龍がハンセンを同時にバックドロップで投げ捨てる競演も見せた。

 しかし一撃で試合をひっくり返せるのが超獣コンビの強みだった。ハンセンのラリアートをかわした天龍を、ブロディが場外へ突き落とす。さらには場外で挟み撃ちをかけると強引にリングに引きずり上げて、超獣が天龍をロープにホイップ。返ってきたところへハンセンが左腕を炸裂させて3カウントを奪った。圧巻の内容で超獣コンビが初優勝を決めた。

 時代はここからさらに大きく動き続け、翌84年には長州力らジャパンプロ勢が全日マットに乱入。鶴龍コンビは最強タッグを制覇して前年のリベンジに成功するのだが、85年になると今度はブロディが新日プロへ。鶴龍コンビも86年の“天龍革命”によって消滅することになる。

 日本における超獣コンビの結成期間はわずか3年3か月に終わった。しかし30年近くがたった今でも“外国人最強”の称号とその強烈なインパクトは不滅だ。