【昭和~平成 スター列伝】初対面から40年 藤波VSマスカラスの一騎打ちが実現

2021年05月23日 10時00分

【写真左】初来日のミル・マスカラスを羨望のまなざしで見上げる若き日の藤波(左)【写真右】初のシングル戦を終えた2人は互いの健闘をたたえ合った

 1971年2月26日、日本プロレスの後楽園ホール大会で、初来日の“仮面貴族”ミル・マスカラスをリング下からまぶしそうに見上げる青年がいた。まだデビュー前、17歳の藤波辰爾(当時は辰巳)だ。

 この年の5月9日、北沢幹之戦でデビューすると、年末には日プロを退団。翌72年、師匠・アントニオ猪木が旗揚げした新日本プロレスに参加する。一方のマスカラスは、ジャイアント馬場が旗揚げした全日本プロレスを日本での主戦場としたため、2人が交わることはしばらくなかった。

 74年に若手の登竜門「カール・ゴッチ杯」を制した藤波は、そのご褒美として海外武者修行へ。西ドイツ、米国を経てメキシコに渡ると77年4月14日、ついに6人タッグ戦ながら初対決が実現した。

 しかし、日本ではやはり対戦の機会はなく、79年8月26日の「プロレス夢のオールスター戦」(日本武道館)でも、ジャンボ鶴田を加えたトリオとして同じコーナーに。2人が対角線上で対峙するシーンは、もう見られないと誰もが思った。ところが…。

 月日は流れ、2009年3月29日、新木場1stRINGで開催された「仮面貴族FIESTA2009」で、日本マット初対決がようやく実現する。藤波はグラン浜田と組んでマスカラス、初代タイガーマスク組と対戦。66歳になったマスカラスが必殺のダイビングボディーアタックで浜田を下し貫禄を見せた。

 試合後、藤波が「シングルでやってみたくなった」と熱望すると、マスカラスは「望むところだ。フジナミは強いけれど、チャンスがあればいつでもやる。でも勝つのは私だよ」と豪語。シングルマッチ実現の機運がにわかに高まった。

 そして2年後の11年2月5日、福岡国際センターで開催されたIGF「GENOME14」でついにシングルマッチが実現。10分1本勝負のレジェンド対決は「藤波辰爾40周年特別試合」として行われた。デビュー40周年の藤波に対し来日40周年のマスカラスは、ダイビングボディーアタックやフライングクロスチョップを繰り出してファンを魅了。藤波もドラゴンスリーパーなどストレッチ技を中心に応戦し、あっという間にタイムアップとなった。

 まばゆいばかりの輝きを放っていたマスカラスに、羨望のまなざしを向けたあの日から実に40年。藤波の表情は充実感にあふれていた。(敬称略)

【関連記事】

関連タグ: