【プロレス蔵出し写真館】マイク・タイソンをKOした男 WWFのリングでレフェリー務めていた!

2021年04月11日 10時00分

サベージにパンチを見舞うダグラス。右はホーガン(90年2月、デトロイト)

 今から31年前の1990年2月23日、WWF(現WWE)の米ミシガン州デトロイトのジョー・ルイス・アリーナ。ハルク・ホーガンVSランディ・サベージのWWFヘビー級選手権試合でサベージにパンチを見舞うレフェリー。いったいこの男の正体は…。

 あの〝アイアン〟マイク・タイソンに初黒星をつけ、不敗神話を崩壊させたジェームス・ダグラスだ。

 この試合の12日前、2月11日にダグラスは東京ドームでタイソンの統一世界ヘビー級王座に挑戦した。当時、37戦全勝(33KO)と無敗を誇るタイソンと無名ボクサーの対戦に、ファンの関心はタイソンが何ラウンドでKOするかに集中した。試合前のオッズは42対1だ。
 
 ところが10回1分23秒、タイソンは衝撃的なKO負けを喫し、世紀の番狂わせが起きた。

 しかしこの試合は、8回のダグラスのダウンが問題になった。ダグラスは2分57秒にダウンさせられ、カウント9で立ち上がると同時にゴングが鳴り、ゴングに救われた形になったのだが、レフェリーがカウントを開始したのが数秒遅かった。そのため、実質10秒以上ダウンしていた、レフェリーがロングカウントをしたとプロモーターのドン・キングがタイソンのKO勝ちを主張して提訴したのだ。

 試合を管轄した日本ボクシングコミッション(JBC)とWBA、WBC会長ら関係者が録画テープを再三確認した結果、明らかにカウントミスと判断。これをレフェリーのオクタビオ・メイランも認めて誤審判定が確定した。

 それでも、翌日にIBFがいち早くダグラスを新チャンピオンと認定。WBAとWBCも、13日に相次いでこれに追随した。ドン・キングはその後、ダグラスと興行権(オプション)を巡る訴訟合戦を繰り広げた。

 さて、WWFでサブレフェリーを務めたダグラスは、サベージの悪女マネジャーのシェリー・マーテルを控室に追いやり、メインレフェリーが試合に巻き込まれダウンするや、リングに駆け上がり〝電光石火〟のカウントでホーガンの勝利をアシストした。そして、カウントが早いと文句をつけたサベージに右ストレートを見舞ったのだった。

 統一ヘビー級チャンピオンになった試合ではロングカウントでミソがついたダグラスだが、この日はクイックカウントでレフェリー代10万ドル(当時の換算で約1480万円)をゲットした。

 ところで、タイソンも98年3月29日、米マサチューセッツ州ボストンで行われたWWF「レッスル・マニア14」で特別レフェリーとして登場し、10年1月にはWWEでプロレスデビューを果たしている(クリス・ジェリコとタッグを組みマイケルズ、トリプルH組と対戦。ジェリコを裏切り、右フックでKO)。

 89年、米国視察行脚をしていたアントニオ猪木は、2月17日にカリフォルニア州サクラメントで地元テレビ局を呼んでバズ・ソイヤーとともに会見し、対タイソン戦をブチ上げたが実現しなかった。前田日明もラブコールを送っていたようだ(91年9月24日、ドン・キングの別荘で対面。05年7月、K―1ハワイ大会で再会)。

 昨年5月に新興プロレス団体「AEW」のリングに登場したタイソンは、因縁のジェリコと乱闘劇を展開。来る5月7日(日本時間8日)、米フロリダ州ジャクソンビル大会に再び参戦する。

 18年12月にあの那須川天心とエキシビションマッチを行ったフロイド・メイウェザーも、現役世界王者の時代(WBC世界ウエルター級)にWWEのビッグ・ショーと「レッスルマニア25」(08年3月、米フロリダ州オーランド)で対戦。メイウェザーが思わぬプロレスの適応能力を発揮し、好勝負になった。

 見た目はプロレス向きのタイソンだが、今後どういう形でプロレスに対応するのか注目される(敬称略)。

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