1978年3月3日 藤波が飛龍原爆固めを初公開!“ジュニアの先駆者”誕生の瞬間

2021年03月07日 10時00分

カナディアン(上)相手に日本で初公開した飛龍原爆固め

【プロレスPLAY BACK(112)】“炎の飛龍”ことドラディションの藤波辰爾は5月にデビュー50周年を迎える。一度も引退することなく日本プロレス時代から現役を続けており、故ジャイアント馬場さんも師匠のアントニオ猪木氏も到達できなかった偉業を更新し続けている。4月16日には後楽園で、約1年半ぶりにドラディションが大会を開催することも決まっており「50周年記念ツアー」に期待が高まる。

 1978年1月23日、日本人で初めてニューヨークのマジソンスクエア・ガーデンでWWWF(現WWE)世界ジュニアヘビー級王者となる快挙を達成。43年前となる同年3月3日には凱旋帰国初戦を勝利で飾り、本紙は1面で詳細を報じた。

「凱旋帰国の藤波のドラゴンスープレックスが爆発――WWWFジュニアヘビー級王座を手みやげに帰国した藤波を迎えての新日本プロレス『ビッグファイト・シリーズ』は3日夜、高崎市体育館で開幕。藤波は派手な空中殺法を展開した後、マスクド・カナディアンの両腕を決めて一気にドラゴンスープレックス(飛龍原爆固め)で鮮やかな勝利を決めた。

 午後8時8分に『お披露目』のゴングが鳴った。表も裏も赤の縁起のいい時価数百万円のガウンは王者にふさわしい。カナディアンはロサンゼルスの初防衛戦の相手。力任せにグイグイ突進する。1発目は吹っ飛んだ藤波だが、2発目は頭上をヒラリ。至近距離からのドロップキック、さらには竜巻落としだ。技ではかなわないカナディアンは力で反撃。だが藤波にも王者としての自信がみなぎっている。またもや至近距離からのドロップキック2発。すごいバネだ。

 10分過ぎ、勝負をかけたカナディアンがエアプレーンスピンを10回転。だが藤波は『ネバーギブアップ!』。両者フラフラになって立ち上がると、カナディアンが先に起きてブレーンバスター。だが回転の後遺症は回復していなかった。藤波が宙で足をバタつかせて逆にボディープレスを決めた格好だ。藤波はまたもやドロップキック。そしてフルネルソンを決めると、後方へ大きく反り返った。お待たせのドラゴンスープレックスだ。カウント3。大喝采の中、凱旋第1戦を飾った。

【藤波の話】少し上がった。ドロップキックが決まった時からスープレックスを狙っていた。あれほどうまくいくとは…。これからが勝負だ」(抜粋)

 この一戦から日本中に「ドラゴンブーム」が巻き起こる。人気が過熱する中、日本マット界にジュニアというジャンルを確立させて多くの名勝負を生み、81年10月にヘビー級転向を果たす。まさにジュニアの先駆者であった。2015年には猪木氏に続き日本人として2人目のWWE殿堂入りを果たした。

関連タグ: