松永光弘「ファイアーデスマッチに名勝負なし」を覆した最高傑作 アキバが燃え燃え

2021年02月28日 10時00分

リングの四方に張り巡らされた有刺鉄線にメラメラと炎が。マットの上は灼熱地獄だ

【ミスター・デンジャー松永光弘 この試合はヤバかった】2001年からしばらく戦いの場から遠ざかった松永光弘氏には、大日本プロレス時代に強く記憶に残る試合があった。秋葉原駅前に特設されたリングで行われたファイアーデスマッチだ。ザンディグにフォール負けを喫した松永氏が試合の実像を語る。

【2000年8月6日 松永光弘、葛西純VSザンディグ、ニック・ゲージ】

 私は、現役時代に7回ファイアーデスマッチを行っていますが、プロレス関係者やファンの間では、「ファイアーデスマッチに名勝負なし」という言葉があります。

 ファイアーデスマッチでは、点火する燃料に何を選ぶかによって燃焼温度、すなわち危険度が全く変わってしまいますが、それがお客さんに伝わっているかは疑問です。

 一番熱かったのは、プロパンガスを燃料にしたW☆INGの船橋の試合。一番弱かったのは、新生FMWの滋賀県で行われた、エタノールというアルコールを燃料にした試合です。火が青くて迫力不足。選手の体への負担を考え過ぎた失敗例です。

 プロパンガスは別格として、その他ほとんどは灯油を燃料にします。

 見た目でお客さんにどれほど伝わるかが疑問な試合形式ですが、実際には燃えている部分には近づくことすら難しいくらいの高温になっています。しかも爆破マッチや蛍光灯デスマッチのような、アイテムにぶつかった時の迫力を見せ場にするのが難しく、ぶつかったとしても、大やけどの代償の割には音がすることもなく、魅せる部分で非常に難しい試合形式です。そしてほとんどの場合、リング内は酸欠になり、動けなくなります。

 しかしながら一定の集客力があり、設備費も木に布を巻き付けて灯油をかけて燃やすだけで格安。会社のためにも、時折ファイアーデスマッチを行う必要があり、そのため決着方法も試行錯誤しました。例えば、私とポーゴさんが2度行った「棺桶火葬デスマッチ」は、相手を棺桶に入れて、灯油をかけて燃やした方が勝ち、という方法でした。

 そんな数々のファイアーデスマッチの中でも、ザンディグ、ニック・ゲージ対松永光弘、葛西純の一戦は、場所が秋葉原のビル街である臨場感に加えて、外国からのデスマッチ集団CZWの黒船襲来の迫力が話題に。車での入場、そして車は凶器になり、リングトラックも登場しました。

 会社内外から「やり過ぎ」との批判も噴出し、ファイアーデスマッチの是非論争にも発展した試合でありましたが、映像で見たファンから「ファイアーデスマッチの最高傑作」と語り継がれている試合です。もちろん私もそう思っています。

 ☆まつなが・みつひろ 1966年3月24日生まれ。89年10月6日にFMWのリングでプロレスデビュー。数々のデスマッチで伝説を作り、2009年12月23日に引退試合。現在は現役時代に開店した人気ステーキハウス「ミスターデンジャー」(東京・墨田区立花)で元気に営業中。

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