【1976年2月6日】猪木VSルスカ 初の異種格闘技戦を白星で飾る

2021年02月14日 10時00分

【写真左】76年2月6日、ルスカは猪木の異種格闘技戦の最初の相手となった【写真右】ルスカとの再戦で怒りを爆発させる猪木

【猪木に挑んだモンスター】ミュンヘン五輪柔道男子で史上初の同一大会2階級制覇を果たしたウィリエム・ルスカが、1976年2月6日、日本武道館でアントニオ猪木と対戦した。変幻自在の猪木のファイトに翻弄され、最後はバックドロップ3連発を食らい万事休す。猪木にとっては初の異種格闘技戦を白星で飾ることになった。

 試合後、ルスカは再戦を熱望し、勝つためには「猪木が使ったような“プロのトリック”を身につけなければならないだろう」と強調した。

 その機会は意外に早く訪れ、同年12月9日、蔵前国技館での再戦が決定。11月15日に来日したルスカは、猪木の師であるカール・ゴッチに弟子入りして、プロレスの極意を伝授された。星飛雄馬が、父・一徹が鍛え上げたオズマと対戦するような図式が出来上がったわけだ。

 試合はまさかの奇襲で幕を開けた。レフェリーのボディーチェックが終わると、ルスカは握手と見せかけて一本背負いで猪木をマットに叩きつける。さらに右腕を十字固めでグイグイと締め上げた。慌ててリングに上がり2人を分けたゴッチに突っかかっていく姿は、なにか錯乱しているかのようだった。そのまま試合を優位に進めるが、結局は猪木の喧嘩ファイトに屈した。場外で鉄柱に叩きつけられて額から大流血。リングに戻ると傷口にナックルパートを17連発叩き込まれてダウン。レフェリーが「戦闘不能」と判断して試合を止めた。

 ゴッチは「最後にルスカをKOしたパンチ攻撃はルスカのダスティープレーが起爆させたもので、必然性のある喧嘩ファイトだった。猪木はやはりレスリングがあらゆる格闘技のキングであることをすさまじくも見せつけてくれた。猪木を激怒させたのがルスカの敗因だ」と分析した。

 この後、ルスカはプロレスラーとして猪木に挑む。78年11月に行われたローラン・ボックによるヨーロッパツアーでは、5度対戦し3敗2分け。79年10月5日、韓国・奨忠体育館では弓矢固めでギブアップ。さらに94年9月23日、横浜アリーナで「イノキ・ファイナル・カウントダウン第2弾」として激突し、裸絞めに敗れた。

 柔道家のプライドが邪魔をしたのか、最後まで「プロのトリック」を身につけることができなかったルスカは2015年2月14日に死去。74歳だった。(敬称略)

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