【プロレスお宝写真館:WWEスーパースターの日本での下積み時代(6)】骨つぼを抱いたアンダーテイカーの名物マネジャーにして、ケインの実父だったというストーリーでファンを楽しませ、不気味な風貌で愛されたポール・ベアラー(2013年3月、58歳で死去)は、レスラーとしてでなくマネジャーとして1979年6月に国際プロレスの「ビッグ・サマーシリーズ」に来日している。

 ザ・モンゴリアンズのマネジャー「パーシー・プリングル3世」として登場したベアラーは、リング外からけたたましくホイッスルを吹き鳴らして敵を威嚇したり、場外乱闘ではムチを振るってモンゴリアンズの勝利に貢献。ファンの憎しみを買った。

 7月10日の宮城・涌谷町大会でモンゴリアンズはマイティ井上、アニマル浜口組のIWA世界タッグ王座に挑戦。場外から王者組の足を引っ張るなど、大いに試合に介入したプリングル3世だったが、怒り心頭の浜口についに捕まり、ボディースラム、ニードロップ、パイルドライバーを浴びて退場。モンゴリアンズを戴冠に導くことはできなかった。