【プロレスお宝写真館:WWEスーパースターの日本での下積み時代(4)】アンダーテイカーの異父弟として1997年からWWEに登場した“赤い悪魔”ケインは、デビュー直後の93年に、師匠のボリス・マレンコ(ジョー・マレンコ、ディーン・マレンコの父)のルートで藤原組のリングに「グラン・ジェイコブス」のリングネームで初来日している。

 同年12月5日の後楽園ホール大会のメーンでは藤原喜明組長と一騎打ち。213センチ、150キロの巨体で大いに組長を苦しめるも6分44秒、最後は伝家の宝刀・アキレス腱固めにギブアップ負けした。

 組長との一騎打ちの3日前、12月2日には、まだ一般的には無名だったころの常盤貴子が組長と共演した映画「SAEKO」の試写会イベント(東京・西神田のパンセホール)に乱入。舞台上であぜんとする常盤ら出演者を尻目にマイクを握り「何やってんだ。オレとの勝負を忘れたのか?」とケンカ状を叩きつけて毒づいた。ケインと常盤にこんな接点があったことを覚えている人は少ない。人に歴史あり…。