WWEスーパースターたちの日本国内におけるお宝写真を発掘! GWの特別企画としてプロレス面で好評連載中「プロレスお宝写真館」(毎週木曜掲載)の「特別編」をお届けします。今や世界規模の知名度を誇るスーパースターたちにも、涙ぐましい下積み時代が存在した。現在からは想像もつかない若き日の姿と現在の姿をビフォー&アフター形式でご覧あれ――。

【プロレスお宝写真館:WWEスーパースターの日本での下積み時代(1)】

 この10年間、世界のプロレス界で一番の「大化け」を果たしたのが現WWE世界ヘビー級王者のダニエル・ブライアンだろう。

 4月6日(日本時間7日)に世界最大の祭典「レッスルマニア30」(ルイジアナ州ニューオーリンズ・メルセデスベンツ・スーパードーム)で、オープニングマッチでは最高権力者のトリプルHを下し、メーンのWWE世界ヘビー級選手権3WAYマッチへの出場権を獲得。メーンでも王者のランディ・オートン、もう一人の挑戦者・バティスタを破り、7万5167人の大観衆が見守る中、頂点に立った。7万人超が一体となった「イエス! イエス! イエス!」の大コールは、2014年のプロレス界を象徴する名場面となった。

 そんなブライアンの初来日は、今や懐かしい「ミレニアム問題」で世間が揺れていた1999年12月、冬木弘道がかじ取りしていた時代のFMWだった。弱冠18歳の覆面レスラー「ジ・アメリカン・ドラゴン」として大阪府立体育会館第2競技場大会のリングに立ったブライアンは、第2試合でランス・ケードとタッグを結成し、リッキー・フジ&フライングキッド市原組と対戦。11分5秒、飛龍原爆固めで市原からフォールを奪っている。

 当時の本紙には「スピーディーな動きが身上」「ショーン・マイケルズに基礎を叩き込まれただけにソツのない試合運びを見せた」と報じられている。

 その後、新日本プロレスのロス道場を経て、2002年10月には素顔の「アメリカン・ドラゴン」として新日本プロレスに参戦。04年3月にはカレーマン(クリストファー・ダニエルズ)とのタッグでIWGPジュニアタッグ王者に君臨。同年10月には棚橋弘至が保持するIWGP・U―30無差別級王座に挑戦した。その後は主戦場をノアに移している。

 当時から技巧派選手として評価は高かったが、いかんせん小柄で地味…。まさかWWEでそんな弱点をウリに、世界のトップに立つことになるとは誰もが、いや当の本人すらも予想できなかったことだろう。

 ブライアンは7月10日から始まる日本公演(10、11日東京・両国国技館、12日大阪・舞洲アリーナ)でWWEの顔として堂々“凱旋”する。