【プロレス蔵出し写真館】前田日明にパンツをずり下ろされ…マードックさんは千両役者だった!

2020年12月06日 10時00分

前田にタイツをズリ下げられ半ケツになったマードック(1987年4月、静岡・焼津)

〝狂犬〟ディック・マードックは、新日本プロレスの常連外国人レスラーだった。

 本紙は今から35年前の1985年8月、米テキサス州キャニオンにあるマードックの自宅を訪問した。

 アマリロから車で1時間、5キロ四方は家が一軒もないという広大な場所だった(ここキャニオンにはテリー・ファンクも住んでいた)。

 月の半分はジャネット夫人の兄の農場で馬にまたがり牛を追う、まさにカウボーイだった。自宅にはホームバーもあり、カウボーイらしく6丁のライフルを所有していた。プライベートで帽子を愛用していたマードックは、野球帽を中心に集めているという自慢のコレクションを見せてくれた。

 当時、本紙で発行していた「ザ・プロレス」で特集した。

 さて、マードックは68年2月、21歳の時に日本プロレスに初来日(24歳のハーリー・レイスも一緒だった)。71年の来日時にはアントニオ猪木のUN王座に挑戦し、好勝負を展開し、次期NWA世界王者候補の片鱗を見せつけた。

 その後、ダスティ・ローデスとテキサス・アウトローズとして国際プロレスに来日(この時は初来日のリック・フレアーも一緒だった)、全日本プロレスの常連を経て、81年新日本へ移籍した。

 新日本でのマードックといえば格上、あるいは同等クラスの対戦相手とシングルマッチを行うと、場外乱闘からリングへ戻るときタイツをズリ下げられて半ケツを出したまま両者リングアウトで終わるというのが常だった。

 84年は坂口征二、マサ斎藤からやられていたが、藤波辰巳(現・辰爾)とはやったりやられたりしていた印象。

 写真は87年4月26日、静岡・焼津市民体育館で前田日明にやられたマードック。マードックの〝お約束〟パフォーマンス(?)だった。  

 そんなおちゃらけたイメージのマードックだが、9月17日、大阪・大阪府立体育会館で行われたナウリーダーVSニューリーダー5対5イリミネーションマッチでは猪木の指名で旧世軍に加勢。猪木、マサ斎藤、坂口征二、藤原喜明とタッグを組み、新世軍の藤波、長州力、前田、スーパー・ストロング・マシン、高田延彦と対戦した。しょっぱな長州と場外心中し、キッチリと役割を果たした。

 11月に開幕したジャパンカップ争奪タッグリーグ戦では猪木と組んで参加。準優勝に終わったものの頼れる外国人をアピールした。

 49歳で亡くなったマードック。あまりにも早過ぎた死だった(敬称略)。 

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