1974年12月2日 馬場が日本人初のNWA世界王座を奪取

2020年12月02日 11時00分

馬場(上)の快挙をザ・デストロイヤー(下)とジャンボ鶴田が祝福した

【プロレスPLAY BACK(105)】12月には歴史的名勝負が多く記録されている。その一つが、来年2月4日後楽園ホールで「23回忌追善興行」が開催される“世界の16文”ことジャイアント馬場が、日本人として初めて達成したNWA世界ヘビー級王座戴冠だろう。プロレスの祖・力道山の時代から日本マット界にとって最大の夢だったのが、当時最高権威とされたNWA世界王座奪取だった。今から46年前の1974年12月2日、全日本プロレス鹿児島県立体育館大会で馬場がジャック・ブリスコを撃破して王座を奪取した。

「NWA認定世界ヘビー級選手権試合は12月2日夜、鹿児島県立体育館で行われ、ジャイアント馬場が2―1で王者ジャック・ブリスコを破り、堂々2フォールを奪って第49代NWA認定世界ヘビー級王者となった。1本目は馬場の32文ドロップキックにブリスコが吹っ飛び、2本目はブリスコが足4の字固めで馬場をギブアップさせたが、決勝ラウンドで馬場の必殺ネックブリーカードロップが爆発。馬場がガッチリ決勝のフォールを奪って世界の最高峰にかけ上がった。

 日本人レスラーがNWA王座を獲得したのは馬場が初めてであり、12回目の挑戦でついに世界のチャンピオンベルトをものにした。馬場が300万円の見事なクジャクのししゅう入りのガウンに身を包んで登場したのが午後8時36分。続いてロード・ブレアースPWF会長(NWA立会人)、ジョー樋口レフェリーがリングイン。一方のブリスコは赤と白と青の3色を巧みに配色した鮮やかなジャンパー。もちろんその下にはNWA世界チャンピオンベルトがさん然と輝いている。

 決戦のムードは一気に高まった。そして1―1の後に迎えた決勝ラウンド、試合の流れは完全に馬場のペースである。タイに追いついたものの、王者のブリスコはこの日の馬場の快調なペースを崩すことはできなかった。馬場の隙を突いたブリスコは、バックを取るとクルクルっと巨体をたたむように押さえ込む。馬場もはね返す。『これでもか』と馬場の巨体をもてあまし気味のブリスコは、あっという間にロープに飛んで勝負に出た。ドロップキックか体当たりか――。その時、馬場の長い腕はブリスコの首をガッチリと捕らえて、320ポンド(約145キロ)の巨体は宙を飛び、ブリスコの体の上に倒れ込んだ。3カウント。馬場がこの日初めて笑顔を見せた瞬間だった」(抜粋)

 現在ではユーチューブなどで手軽に観賞できるが、フィニッシュとなったジャンピングネックブリーカードロップは、まさに芸術的なタイミングで決まった。馬場は3日後の日大講堂での再戦も制して初防衛に成功。9日豊橋大会でブリスコに王座を奪還されて7日天下に終わるも、その後は79年と80年にハーリー・レイスから王座を奪取。合計3度、NWA世界王座戴冠の偉業を達成している。(敬称略)

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