【プロレス蔵出し写真館】ベイダーの凄まじいナチュラルパワー ブルワーカーがありえないカタチに…

2020年11月29日 10時00分

脅威のパワーでブルワーカーを扱うベイダー(1988年4月、京王プラザホテル)

〝皇帝戦士〟ビッグバン・ベイダーは、今から約33年前の1987年12月27日、たけしプロレス軍団(TPG)の刺客として新日本プロレスの東京・両国国技館大会に初登場した。この時、3年4か月ぶりの対決となるアントニオ猪木VS長州力戦にTPGが割り込みカードが二転、三転。ファンの怒りを買い大暴動が発生した。

 ベイダーは翌88年の新春シリーズにも残留して参戦したのだが、年末の暴動のあおりを受け、ファンから支持を得るのはまだまだ先のこと。しかし、存分にナチュラルパワーを見せつけて強さを誇示し、新日本の常連外国人レスラーとなっていく。

 そんなベイダーが再来日した4月8日、宿泊先の新宿・京王プラザホテルで取材した。インタビュー中、カメラマンはあるモノに目が留まり、思わず声が出そうになった。「ブ、ブルワーカーだ!」

 ベイダーと同じ初期モデルをカメラマンも愛用していたからだ。

 レスラーも使っているとは…。さっそく、ベイダーに使用してもらい激写した(写真)。

 ブルワーカーとは「1日5分でたくましい筋肉をつくる」といううたい文句で70~80年代にはやったトレーニング器具。特に少年漫画誌のカラーイラスト広告では、ひ弱な生徒がブルワーカーのおかげでムキムキになり、自信をつけ、モテモテになるという内容。

 今から半世紀以上前の65年に、欧米ではやったものを日本人の体形に合わせ元祖より小さめにした製品が企画され、ばねメーカーの福発メタル(旧社名福島発條製作所)が国内での製造を一手に請け負って日本製が誕生した。

 ばね入りのパイプの両端のハンドグリップを押したり、2つの対でハンドグリップにつながっているロープを引いたりして筋力アップを図る。 
 
 使ったことがある人なら、この写真を見て思わず「スゲェー」と思ったのでは? 両端のパイプを押して、対になったロープが写真のようにきれいな楕円形に広がることはまず、ない(と思う)。

 ベイダーのナチュラルパワーの秘密兵器はブルワーカーだったのか…。

 このシリーズのベイダーは、10日大阪府立体育会館で行われたファン感謝デーに登場して、猪木に対戦をアピールし、27日大阪&5月7日東京・有明コロシアムでのシングル2連戦が決定。しかし、22日の沖縄・那覇市奥武山体育館の控室で藤波辰巳(現辰爾)が猪木に対し、大阪でベイダーとの一騎打ちを直訴したことにより藤波との対戦に変更された。
 
 那覇での翌日、猪木は沖縄・宜野湾市にある海邦病院で左足第5中足骨(左足小指)骨折が判明してその後の試合を欠場し、IWGP王座を返上。有明は王座決定戦となり、ベイダーは再び藤波との対戦が決まった。

 大阪の試合はベイダーがリングアウト負け。雨で1日順延となった5月8日、有明での王座決定戦はベイダーが反則負けで王座を逃し、藤波に連敗した。

 後日、〝飛龍革命〟と呼ばれる那覇の控室での出来事は、何も変わらない新日本の現状を打破したいとの思いから、藤波が師である猪木に初めて盾突いた事件だった。

 藤波が「ベイダーとシングルでやらせて下さい」と切り出して展開したこの〝飛龍革命〟。きっかけを作ったのはベイダーだった!?と言うのは強引だろうか。

 ブルワーカーはその後、長州力が一時期イメージキャラクターに起用され「パワーの秘訣は、これ!」のキャッチコピーで広告展開していたこともある。モデルチェンジを重ね、現在でも販売されている。

 なお、ベイダーが初来日する直前、欧州で名乗っていたリングネームはブル・パワーだった(敬称略)。

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