1994年11月20日 北斗が絶叫「お前ら、私のこともっと見たいか!」 女子プロ史上最初で最後の東京ドーム大会

2020年11月23日 10時00分

北斗(下)は必死の形相で猛虎原爆弾をアジャに放った

【プロレスPLAY BACK(104)】人気タレントで元女子プロレスラーの“鬼嫁”こと北斗晶が約18年ぶりに女子プロ界に復活を果たし、各団体に一致団結を呼びかけた新組織「アッセンブル」を立ち上げた。10月1日に東京・上野恩賜公園野外ステージで行われた第1回大会はチケットが完売する大成功に終わった。

 第2回大会は1994年に全日本女子プロレス東京ドーム大会が行われた11月20日に同会場で行われ、業界の盟主・スターダムも参戦する。マーベラスの長与千種も全面協力しており、女子プロレス史にさんぜんと輝くカリスマ2人が手を組んだことにより、業界に大きな刺激を与えている。

 今から26年前の11月20日、全女が女子プロ史上最初で最後の東京ドーム大会を開催した。対抗戦ブームがピークを迎えた中で全23試合というとんでもない大会を実現させ、メインで勝利を飾ったのが“デンジャラスクイーン”北斗だった。
「女子プロ史上初の東京ドーム大会『憧夢超女大戦』は4万2500人の観客を集め、日本プロレス史上最長10時間15分の超ロングラン大会となった。日本選手権トーナメントは北斗晶がアジャ・コングを破り『初代日本一』の座に輝いた。今大会限りでの引退を決意していた北斗だが、試合終了後に現役続行を表明した。

 北斗が泣いた。表彰セレモニー後、声を詰まらせながらマイクを握る。大歓声の涙まじりの北斗コールを切り裂くように叫んだ。『お前ら、私のことがもっと見たいか!』と絶叫し『来年も東京ドームがあるなら北斗晶は必ず戻ってくる!』とフィナーレ直前での引退撤回。思いもよらぬ結果で女子プロ史上初のドーム決戦は幕を閉じた。

 試合開始は午後2時。決勝のゴングが鳴ったのは午後11時23分。1回戦が青、2回戦が赤、そしてファイナルバウトは“死に装束”の白い般若スタイルで登場。面を取った時、北斗の両目には涙があふれていた。感情を振り払うようなアジャの張り手で試合はスタート。北斗がいきなり猛虎原爆を決めれば、アジャは1ダースを超える張り手の応酬。しかし8分過ぎ、アジャがトペを放った際、場外コンクリートに右ヒザを強打するアクシデントが起きた。ここで北斗が鬼になった。右ヒザへストンピングを連打し、最後はノーザンライトボム3連打。20分24秒、午後11時44分に終了のゴングが鳴り響いた」(抜粋)

 結局、北斗は引退することなく現役を続行。95年に佐々木健介と結婚し、2002年4月まで現役を続けた。ちなみに本紙記事では「ドーム大会の興行収益は、前売りチケット約1億2000万円、グッズ売り上げ約9000万円、当日券と放映権料がトータル約2億2000万円。出費は舞台設置約4000万円を最高額に約1億5000万円を超えた」と記されている。北斗と長与の“仕掛け”により、女子プロ界は新たな黄金期を迎えられるのか注目だ。

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