1973年11月9日 ストロング小林を血祭りに上げた〝大酋長〟

2020年11月11日 11時00分

マクダニエル(上)は小林の額にかみついた

【プロレスPLAY BACK(103)】久々に痛快なキャラクターが新日本プロレスに登場した。自らを「余」と称し「偉大なる王」を名乗るグレート―O―カーンである。7日の大阪大会ではオカダ・カズチカに絞め落とされ、2018年6月に英国マットで誕生以降続いた無敗神話は崩れたが、今後も期待がかかる存在だ。

 マット界の長い歴史で自らを一国の王、あるいは一族の長として名乗った例は少ない。記憶に残るのは“大酋長”ワフー・マクダニエルだ。1973年11月、国際プロレスに初来日。同9日の和歌山大会でストロング小林からIWA世界ヘビー級王座を奪っている。

「ストロング小林の連続王座防衛記録は25でストップ――。大酋長マクダニエルがIWA世界王座を奪った。小林にマクダニエルが挑戦したIWA世界選手権試合はスタートから激しい乱戦に。『連続防衛記録を30の大台に乗せるのが僕の夢です。そのためにも絶対に倒さなければならない相手。過去の対戦相手でも間違いなくトップ級でしょう』と小林はドレッシングルームで表情をこわばらせながら語っていた。

 チェロキー族大酋長の羽根飾りを頭に黒のタイツ、白のシューズとコントラスト鮮やかに登場したマクダニエル。スタートの主導権は小林が握った。巴投げで場外に投げ飛ばすと、鉄柱に2回額をゴツン。机にも叩きつけ、マクダニエルの額からは鮮血が滴り落ちた。

 1本目は岩石落としから脳天杭打ちを連続爆発させて小林が先制。2本目はインディアンの“戦いの雄たけび”を上げながらマクダニエルが場外攻撃。イスで2度、3度叩きつけると小林は流血。戦いの流れが変わった。そしてロープに飛ばして恐怖のインディアン殺法が爆発。奇声を上げて水平降下のトマホークチョップがズバリ決まってタイに戻した。

 決勝ラウンドはマクダニエルが巧妙なトリック戦術。ロープを利用して小林をポストにぶつけると、レフェリーの死角を突き崩れる小林をロープに左足をかけたまま押さえ込んで3カウント。日本側と観客の『反則だ』というアピールは通じず、小林の連続防衛記録は25でストップ。14日の長野大会で両雄はリターンマッチを行う」(抜粋)

 再戦は引き分けに終わり、小林は再々戦となった11月30日後楽園大会で王座奪還を果たす。ちなみに記事では「マクダニエルはなかなかの商売上手。入り口に立ち、自分のTシャツの販売にあたっている。白地に横顔をあしらいインディアンの衣装がくっきり浮かび上がったTシャツは1枚1000円。買ってくれたお客さんにはサインのサービスをしていた」とあり、かなりの庶民派だったことをうかがわせる。

 その後も全日本プロレスなどにも来日して人気を集め、19年にはWWEレガシー部門で殿堂入りを果たした。オーカーンには決してファンにこびることなく、豪快なファイトで愚民どもをひれ伏させてほしい。(敬称略)

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