天龍と小橋が明かす「金属バット襲撃事件」 30年目の真実

2020年11月10日 11時31分

小橋㊦に蹴りを見舞う天龍

 ミスタープロレスこと天龍源一郎(70)がホスト役を務める「龍魂激論」が2年目に突入。今回は全日本プロレス、ノアで活躍した“鉄人”こと小橋建太(53)の登場だ。天龍の全盛期に全日本に入門し、天龍の移籍後は三沢光晴、川田利明、田上明との四天王プロレスで窮地の王道マットを支えた。今では都市伝説化した30年前の「天龍金属バット襲撃事件」の真相を当事者同士が振り返る。

 天龍 お元気そうで。

 小橋 お久しぶりです。

 天龍 ピロリ菌が完治して何よりだったね。今は健康診断の結果で競い合うステージに入ったからな。祝・鉄人復活だよ。

 小橋 ありがとうございます。人間ドックで見つかり、1週間薬を飲み続けて完治しました。

 ――全日本プロレスの先輩と後輩だ

 天龍 一番印象に残っているのは(1988年2月)デビューしたてのころの巡業だね。米3合持って俺の前に現れたのは彼が最初で最後だよ。

 ――有名な話ですね。

 天龍 天龍同盟が新潟・村上市の旅館で宴会やってる最中、別の宿の(ジャイアント)馬場さんの付け人をやってた彼の部屋に「馬場さんにお米(※お金)もらってこんかい」と電話したんだ。

 小橋 僕は馬場さんを部屋に送って洗濯しようとした矢先で。スタッフの人に聞いたら「バカヤロー、馬場さんはもう寝てるんだ!」と怒られて。でも無視するわけにもいかないから、意を決して部屋をノックして「お疲れさまです! 天龍さんにお米、持ってこいと言われました!」と頭を下げたんです。

 天龍 やっぱり真面目だねえ。

 小橋 馬場さんは意地悪な顔で笑って「お前、フロントで米もらってこい。じゃあ行くか」と寝間着からジャージーに着替えて旅館まで一緒に行きました。

 天龍 到着するなりビニールに入った米3合を出して「お疲れさまです!」と言うから「このヤロー、本当に米、持ってくるやつがいるか!」と怒鳴ったら、後ろからスーッと馬場さんが宴会場に顔を出したんだ。驚いた俺たちは総立ちで「お疲れさまです!」って頭下げたよね。

 小橋 知らないうちに米袋に馬場さんが10万円ほどの札束を入れてくれてたんですよね。

 天龍 粋な計らいだったねえ。その後、一緒に飲んでたもんね。俺が酔っぱらってカラオケに合わせて「♪馬場、このヤロー、辛気くさい顔しやがって~」と歌っても、笑って見てたな。翌朝、馬場さんは何も言わなかったね。何度もそんなことはあったなあ。

 小橋 その時期、酒席で天龍さんがダイヤの指輪をしていて「いいか小橋、ダイヤはこの世で一番強いんだ」と言いながら、田上さんのロレックスをギーッと引っかいたのを覚えています。僕が驚いてたら、傷がつかないから時計板を叩き割ったんですよ。田上さん、泣いてましたね。

 天龍 俺は小橋君が入門テストに来た日(87年1月)を覚えてますよ。

 小橋 大津(滋賀)でしたね。

 天龍 控室で俺と馬場さんがポーカーやってたらゴリちゃん(故ハル薗田さん)が来て「新人が来ました」と。でも馬場さんは俺に負けていて席を立てないから「お前が体を見てこい」ってゴリちゃんに言ったんだよ。そしたら「すごくいい体してますよ!」って。馬場さんは身を乗り出して「なにっ、そうか」と合格サインを出したんだ。運命だったのかな。

 小橋 でもそこから数か月、会社から連絡がこなくて、結局上京したのは春でしたよ。

 ――天龍さんが退団(90年4月)した直後の「金属バット襲撃事件」の真相は

 天龍 飲んでいる最中に俺の付け人をやっていた折原(昌夫)が「どうせお前もSWSに行くんだろ」と小橋君に言われて居場所がなくなっているようなことを聞いてね。「あのヤロー」と怒って宴席にあったフランスパン(金属バット)を手に、夜中に殴りに合宿所へ行ったんだ。

 小橋 夜中に金属バット持った天龍さんが玄関で「小橋いるか!」と叫んだらしいんですけど、僕は不在で。浅子(覚)が「いません」と答えたら「そうか」と帰られたと聞きました。でも天龍さん、浅子に小遣い渡して帰ったんですよね。

 天龍 そうだっけ?

 小橋 それを聞いた馬場さんが「小橋、お前も金属バットに対応できる武器を用意して待ってろ」って。でも僕は天龍さんの悪口は絶対に言ってないので武器は用意せず、次に来られたら「僕は絶対に言ってません」と殴られても説明する覚悟でした。話せば分かってくれると信じていたし。僕、本当に言ってないんです。

 天龍 馬場さんは「G」のマークの入ったヘルメットを用意していたかもな、フフフ…。話に尾ひれがついていたんだね。やっぱり直接話してみるもんだな。30年目の手打ちができてスッキリしたよ。次回は試合の話をしましょうか。

☆こばし・けんた 1967年3月27日生まれ。京都府福知山市出身。本名・小橋健太。87年に全日本プロレスに入団し、翌年2月デビュー。四天王の一人として3冠ヘビー級、世界タッグ王座に君臨。2000年のノア旗揚げ後はGHCヘビー級王者として13度の防衛に成功し、絶対王者と呼ばれる。06年に腎臓がんを患うも翌年奇跡の復活。その後は度重なるケガに悩まされ、13年5月11日に引退試合を行った。Fortune KK所属。