1976年10月15日 全日入団会見 初々しさあふれるレスラー天竜の第一歩

2020年10月21日 11時00分

馬場は天龍(左)に大きな期待をかけた

【プロレスPLAY BACK(102)】本紙で「龍魂激論」を好評連載中のミスタープロレスこと天龍源一郎が所属する天龍プロジェクトは、11月15日に後楽園ホールで興行を開催する。2015年11月15日両国国技館の引退試合以来の大会で、最後の相手を務めた新日本プロレスのオカダ・カズチカが来場。トークバトルで天龍との5年ぶりの“再戦”が実現する。振り返れば全日本プロレスが天龍の入団を発表したのが、今から44年前の1976年10月15日だった。

「角界の大先輩の力道山やジャイアント馬場さんのような立派なプロレスラーとなるために頑張ります――。10月15日に東京ヒルトン・ホテルで元幕内力士・天竜(元二所ノ関部屋。本名=嶋田源一郎、26歳)の全日本プロレス入りが正式に発表された。71年6月に国際プロレス入りした大位山(元幕内=三保ヶ関部屋)以来、約5年ぶりの現役幕内力士のビッグニュースに報道陣がごった返した。天竜は立派なレスラーになることを公約し、会見後は馬場社長とともに東京スポーツ新聞社を訪れ特別手記を寄せた。

『全日本プロレスに入門が決まった今、つたないながら私の心情をくんでいただきたいと思い、筆を取らせていただきました。相撲協会に廃業届を提出(9月29日)してからは“俺の生きる道はもうプロレスしかないんだ”と覚悟は決めたものの、正式に入団したわけではなく、言ってみれば宙ぶらりんの状態でした。

 一日も早くプロレスラーの仲間入りを果たしたい気持ちでいっぱいでした。ところがいざ発表の場に臨みますと、体中がカーッとなり何が何だか分からないうちに時間が過ぎました。カメラマンのフラッシュ攻めにあっても平然とニコリ笑いかけてくれたジャイアント馬場社長を見て、不安と期待が同居するものの、レスラーの道を選んで本当によかったなあとしみじみ思いました。

 私は13年間、相撲界でお世話になった人間です。その恩に報いるのは当然のことで、レスラーになった今もその気持ちに変わりはありません。社長はアメリカに修行に出してくださるそうですが、正直言って右も左も、英語も分からない。不安ばかりですがとにかく死に物狂いでやるしかないです。デビューはいつの日になるか分かりませんが、とにかくトレーニングに耐え、一日も早くファンの皆様の前に新生・天竜源一郎の姿を披露したいと思います。それが相撲協会への恩返しでもあり、私を受け入れてくれた馬場社長に報いる、私の当然の義務だと思います。とにかく相撲時代の天竜は死んだのです。今度はレスラー天竜として“綱取り”を目指す覚悟です』」(表記は当時のまま。抜粋)

 実に初々しい。ただひたすら未来を見つめる純粋な心だけがそこにある。手記の通り、すぐに米国修行へ出発。だがトップ勢の仲間入りを果たすには約5年の歳月を要し、苦節の日々を過ごすことになる。

関連タグ: