松永光弘の生涯ベストバウト!火炎噴射で壮絶結末 初の有刺鉄線バットマッチ

2020年10月25日 10時00分

有刺鉄線バット攻撃をパイプ椅子でかわす松永氏。観客の興奮が表情で分かる

【ミスター・デンジャー松永光弘 この試合はヤバかった】“狂気の8メートルダイブ”で名を上げるとともにW☆ING人気に火をつけた松永光弘氏が、最も手応えを感じたのがミスター・ポーゴとのスクランブルバンクハウスデスマッチだ。

 

【1992年3月8日 松永光弘VSミスター・ポーゴ】
  
 後楽園ホールでのバルコニーダイブ(1992年2月9日)により、まるで誠心会館のお荷物のようだった冴えない私が一躍時の人になりました。

 その2月シリーズの最終戦の金網デスマッチで、ジプシー・ジョーを痛めつけるミスター・ポーゴ目がけて金網最上段から乱入ダイブ(この写真はプロレス雑誌の巻頭カラーを飾りました)。大歓声の中、3月シリーズのカードがアナウンスされました。

「次回の後楽園ホールのメインイベントは、松永光弘対ミスター・ポーゴ」。私が会社のスタッフに「えっ、もうやるの!!」と聞くと「もうどんどんやらなきゃ」。確かに存続の目が出たとはいえ、日本一の弱小団体にカードを温存している余裕はありませんでした。スクランブルバンクハウスデスマッチとはリング中央に公認凶器を置き、その凶器を奪い合って使うルールですが、その公認凶器を何にするか考えなくてはいけません。

 試合前日に会社スタッフと一緒に東急ハンズを見て回りますが、いい物が思いつきません。バットは2月のバンクハウスデスマッチで既に使っています。それを超える凶器となると、ルールで禁止されている銃刀類になってしまいます。“バットと刃物の間”に相当する凶器がない。

 収穫がないまま事務所に帰ると、スタッフが話しだしました。「実は金村(ゆきひろ=当時)が『バットに有刺鉄線を巻いたらどうですか?』と言っていたのですが、シャレにならないのでやめました」。私はそれを聞き「それにしよう。大丈夫。どうせ殴られるのは俺なんだから。本人がいいと言っているんだからそれにしようよ」と公認凶器は有刺鉄線バットに決定しました。

 試合開始前、公認凶器の有刺鉄線バットをレフェリーが掲げると館内の「オーッ」というすさまじい驚きの声が控室まで聞こえてきました。

 この試合は大熱戦の末、最後はポーゴさんが私の頭に灯油をかけて、口から火炎噴射。頭部が炎上するという壮絶過ぎたエンディングで、W☆INGは世界一危険なプロレス団体の名を不動のものにしました。この松永光弘対ミスター・ポーゴ戦は、私の生涯のベストバウト。またポーゴさんも生前、自身のベストバウトにこの試合を選んでいました。当時、私とポーゴさんは敵対しながらも、W☆INGを潰したくないという思いでは一枚岩だったと言えます。

 ☆まつなが・みつひろ 1966年3月24日生まれ。89年10月6日にFMWのリングでプロレスデビュー。数々のデスマッチで伝説を作り、2009年12月23日に引退試合。現在は現役時代に開店した人気ステーキハウス「ミスターデンジャー」(東京・墨田区立花)で元気に営業中。

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