【プロレス蔵出し写真館】追悼アニマルさん 37年前、結成当初のロード・ウォリアーズ

2020年09月27日 10時00分

1983年のタッグ結成当初、暴走族スタイルで入場するアニマル(手前)とホーク(中)

 アニマルが亡くなった!? 古いプロレスのネガフィルムをデータベース化する作業をしている最中に飛び込んできた訃報に耳を疑った。そのネガは1987年10月の全日本プロレスの試合フィルムだったが、まさにアニマルとホーク、ロード・ウォリアーズのネガだった。

 東スポの画像データベースに保存されているウォリアーズの写真で〝お宝〟写真と言えば2人がまだ顔にペイントを施す前のモノ。

 今から37年前、1983年のタッグ結成当初のウォリアーズのリングコスチュームはサングラスにレザーのベストと制帽というスタイルだった。ジョージア地区のナショナルタッグのベルトを巻き、警官にガードされ登場するウォリアーズ(写真)。残念ながら詳細は不明。

 さて、2人がマネジャーのポール・エラリングと初来日したのは1985年の3月7日。少年時代はスラム街でネズミを食べて生活していたというストーリーがその風貌と相まって、プロレスマスコミ以外の一般週刊誌も成田空港の会見に駆け付けた。プロレスラーの会見で成田空港の部屋を借りるというのはあまり記憶にない。予想にたがわず多くの報道陣が集まった。

 2人はビールをラッパ飲みしながら質問に答え、イメージ通りに立ち振る舞った。

 翌日8日、千葉・船橋市民体育館でのキラー・カーン、アニマル浜口組との来日第1戦では一方的に浜口を攻め立て、最後はアニマルがベアハッグで抱えた浜口にホークが勢いよく走り込みダイビングラリアート。わずか3分39秒でフォールを決めた。まさに前評判通りの試合ぶりだった。

 個人的にウォリアーズのベストの試合と言えば、1987年3月12日、日本武道館でのジャンボ鶴田、天龍源一郎組から王座を奪取したインターナショナルタッグ選手権。

 天龍がロープに振ったホークを、待ち構えていたアニマルがリフトアップし、ロープの反動を利用し技を仕掛けようと返ってきた天龍に投げつけるシーンは圧巻だった。思わず試合後、天龍に「いい試合でしたね」と声をかけると、「負けた試合だろ」怒り口調だったが、はにかんだような表情だった。

 アニマルとはノースカロライナ州シャーロットの日本食「レストラン東京」で一度席を共にしたことがあった。マスターの塩田さんは「常連ですよ」と語っていた。アニマルは日本食、特に寿司が大好きと語っていた。

 天国でホークと日本食を食べながら語らっているだろうか。合掌――。(敬称略)

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