【1981年10月9日】鶴田“幻の3本目”NWA王者リック・フレアーを追い詰めた

2020年09月16日 11時00分

(左)フレアー対鶴田のNWA王座戦を報じる81年10月10日発行紙面。(右)鶴田はフレアーを豪快に投げ捨てた

【プロレスPLAY BACK(100)】全日本プロレス和田京平名誉レフェリーの連載「王道を彩った戦士たち」第5回で登場したのが元NWA世界ヘビー級王者リック・フレアーだ。和田氏は一番の思い出として、ジャンボ鶴田とのNWA王座を巡る戦いを挙げた。結果的に1980年代にフレアーが来日した際、誰も王座を奪えなかった。和田氏は「フレアーはジャンボにかなわないと思うと反則で逃げていた。あれでは誰も勝てない」と語る。

 今から39年前の81年10月9日蔵前国技館大会、鶴田と王者フレアーの初めてのNWA王座戦が行われた。全日本の創立10周年大会で、前日8日には新日本プロレスも同会場で大会を開催する“興行戦争”だった。

「またもやプロレス熱風が蔵前国技館で爆発――全日本プロレスの『創立10周年記念ジャイアント・シリーズ』最大のヤマ場、蔵前決戦は1万3000人(満員)の観衆を集めて行われた。NWA世界ヘビー級選手権試合は王者リック・フレアーが、粘るジャンボ鶴田の猛攻を振り切って2対1の冷汗三斗の王座防衛を果たした。

 立ち上がり、ゴングと同時に飛んだ鶴田は、意表を突いたフライングボディーアタック。しかし負傷した樋口レフェリーの代役を務めたPWF会長ブレアースのフォローが遅くカウントは2。それでも鶴田はくさらなかった。フレアーのタックル、ショルダースルーを完封。アトミックドロップも軽くクリアしてレッグドロップから逆エビ固め。ショルダースルーをかわすと振り向きざまにジャンピングニーパット、ダブルアームスープレックスと大技を爆発させ、ポスト最上段からのドロップキックで鮮やかに先制フォールを奪った。

 2本目もフレアーは逃げ腰。鶴田はヘッドロックに出るがこれが命取りに。フレアーはニークラッシャーで左脚を痛めつけ、バックドロップで叩きつけると足4の字固めでタイに戻した。決勝ラウンド、場外で額を割った鶴田は大流血。それでもNWA王者に向かって前進してジャンピングニー。不幸はこの時に起きた。フレアーは腰投げで逃げるも、投げられた鶴田とブレアースが折り重なって倒れ、試合を裁く人間がダウンした。鶴田がジャーマン、パイルドライバーを決めるもレフェリーの動きが遅くカウントは入らない。それでは…と鶴田はコーナーに叩きつけて走ったが、間一髪、フレアーはこれをかわす。目標を失った鶴田はコーナーに股間をしたたか打ちつけてしまった。やっと回復したブレアースが3度マットを叩いた。鶴田“幻の3本目”だった」(抜粋)

 この試合運びなら永遠に王座を失わないだろう。とはいえフレアーも鶴田も小刻みに動き続け、試合内容はかなりハイレベルだった。

 フレアーは6日の仙台大会で天龍源一郎、7日の横浜大会でテリー・ファンク、そして9日の鶴田と4日間で3度の防衛を果たして帰国。当時「善戦マン」と呼ばれた鶴田は数々の激闘を積み重ね、やがて「最強」と呼ばれるようになる。