【1991年9月14日】前田日明 左ヒザ完治しないまま…格闘王が魅せた勝利への執念

2020年09月09日 11時00分

前田は的確なローでウィルヘルム(左)を追い込んだ

【プロレスPLAY BACK(99)=1991年9月14日】本紙で好評連載中のミスタープロレスこと天龍源一郎の「龍魂激論」で“格闘王”ことリングスCEOの前田日明氏が数々の秘話を披露した。プロレスリングマスター・武藤敬司と天才・丸藤正道が率いるノアのユニット「エムズアライアンス」への加入も快諾しており、今後の動きに注目が集まる。

 前田氏を語る上で絶対に欠かせないのが、1991年に旗揚げしたリングスだ。独自のネットワークで欧州を中心に未知の強豪、しかも超大型選手ばかりを招聘し、日本マット界に衝撃を与えた。

 今から29年前の91年9月14日、リングスは旗揚げ3戦目で北海道に初進出。“北の聖地”札幌中島体育センターに主催者発表4900人(満員)の観衆を集めた。

「リングス旗揚げ第3戦は14日、札幌中島体育センターで行われ、格闘王・前田日明は、左ヒザ負傷をものともせず欧州柔道王ウィリー・ウィルヘルムに快勝した。前田は思い切ったニールキックをウィルヘルムに直撃させると、その後のスリーパーはかわされたが問題はない。ヒザ、太もも、足首…ポイントを的確に攻める前田。ロープへ動こうとするウィルヘルムだが、格闘王の執念の前には逃げきれない。最後はヒザ十字固め。悲鳴と同時にギブアップの声を上げた。

 決して楽な勝利ではなかった。8・1大阪決戦でディック・フライに惨敗を喫した原因の左ヒザ靱帯損傷は完治しないまま。前田の左ヒザには、ぶ厚いテーピングが施されていた。序盤から左ロー、ミドルを繰り出すも力が入らない。それでも闘争心に動揺は見られない。アキレス腱固め、逆片エビ固めにも耐え続け、格闘王は確かに復活した。『自分にマイナス要因があったからケガをした。単に事故とは考えず、ゲン直しをしたい』と前田。負傷さえも前向きにとらえている。『有明まではラッキーなことに3か月ある。じっくりいきたい』と、早くも91年のリングス最終戦となる12月7日有明コロシアム大会を視野に入れた」      (抜粋)

 見出しになったボクシングの元世界ヘビー級王者ラリー・ホームズとの一戦は実現しなかったものの、前田氏は多くの夢マッチを実現させた。

 ロシア、オランダ、米国など「リングスネットワーク」は実に10か国以上に設置された。フライやヴォルク・ハンとは何度も名勝負を展開し、後に“氷の皇帝”となるエメリヤーエンコ・ヒョードルも発掘。99年2月21日横浜大会ではレスリング五輪3連覇の“元祖・霊長類最強男”アレクサンダー・カレリンとの引退試合を実現させ、世界中を驚かせた。

 海外選手の発掘において眼力を疑う者はいないだろう。今後はアマチュア格闘技大会「THE OUTSIDER」でヘビー級戦士数人を育て、世界最大の格闘技団体「UFC」に送り込む計画もある。格闘王の新たな挑戦に期待がかかる。